第63話 今年の生徒はすばらしい!
教室を出て、左手のドアを開けると屋根付きの渡り廊下があった。10メートルほど先の二階建ての建物まで繋がっていて、その建物の一階は食堂で二階がダンスを教わる講堂になっていた。
そして食堂の作りは船の食堂と似ていて、前方の調理場から料理を受け取り、テーブルに持って行って食べるスタイルのようだ。ちなみに広さは船の倍くらいの大きさがあって、4~50人なら一度に食べることができるみたい。
「お姉さま、これからどうしたらいいんですの?」
フリーデは中に入った途端、立ち止まってしまった。
いつもは、案内された席にただ座っているだけで料理が運ばれてくるからね。フリーデのような貴族の子供たちには分からないと思う。
「まずは座る場所を決めるでしょう。次にそこに置いてあるトレイを持って、調理場の窓のところに行くと料理をくれるから、それを受け取って自分の席まで運んで食べるんだよ」
私の代わりにクライブが説明してくれた。クライブは王族だけど船の中で体験済みだからね。ただ、クライブの説明もむなしく、フリーデもエリザベートもいまいち要領を得てない顔をしている。
それに辺りを見わたしてみたけど、やっぱり他の子たちもわかっていないな。ほとんどの子が食堂に入って来るなり固まってしまっているよ。これは、みんなにやり方を教えないと騒ぎ出す子がでてくるかもしれない。
「私たちがやってみるから、そこで見てて」
わざとみんなに聞こえるように話し、私とクライブでトレイを持って、調理場との間に空いている窓へと向かう。すると、窓の中からおばちゃんがトレイの上に今日の料理を並べてくれた。そしてそれを、フリーデとエリザベートが待っているテーブルへと運んでいく。
一人一人、口で言うよりやって見せた方が手っ取り早い。
「分かった?」
「「やってみます」」
フリーデとエリザベートは、前方に積んであるトレイを取って、調理場との間にあるカウンターから今日のメイン料理の魚のスープとパン、それに副菜とデザートの果物を貰って帰ってきた。
「自分で取って来るって初めてで面白かったです! ねえ、フリーデちゃん」
「うん、ドキドキしたね」
いつもは執事さんやメイドさんがやってくれるからね。
私たちの様子を見て、他の子たちもトレイを持ってカウンターに向かって行った。
それにしても、貴族の子供たちがこれまでどういう生活をしてきたかなんて知っているはずなのに、何も教えないとは……この学校、なかなか曲者かもしれないぞ。
まあ、それは置いといて、目の前に置かれたトレイからの匂いがたまらない。
「それじゃ、食べようか」
「お姉さま、他の方を待たなくてもいいのですか?」
先生は何も言ってなかったけど……。確かに、貴族の食卓では家長の言葉を聞いてから食べることになっているんだよな。
「クライブ、軍隊ではどうしているの?」
「後がつかえているから、さっさと食うように言われているみたい」
その場所の方式に合わせるのが正解のはずだから。
「注意書きもないし、食べていいはずだよ。さあ、食べよう! いただきます!」
「「「いただきます!」」」
私たちが食べ始めたのをみて、料理を受け取って席で待っていた他の子たちも食べ始めた。
「美味しい!」
驚いた。ウェリス家で出てくるような見た目にこだわったものではないけど、味は負けてない。
「はい、美味しいです……あれ、エリザベートちゃん。お魚は食べないのですか?」
そういえば、さっきからエリザベートは魚のスープに手を付けていない。
「あ、うん。私、魚の匂いが苦手なの」
確か、ギーセン伯爵の領地には海が無いって言っていたな。魚自体に慣れてないのかも。
「エリザベート、このスープ、魚の匂いなんてわからないよ。大丈夫だから食べてみなよ」
クライブは、魚をパクっと食べ、その様子をエリザベートに見せている。
「……」
考えている様子だけど、どうかな……
「おいしいよ」
フリーデの言葉を聞いたエリザベートは、意を決したようにスープから魚を少しだけすくった。片手にはパンを持っているから、万一の時はそれで押し込むつもりなんだろう。
みんなの注目は、エリザベートが持つスプーンの先に集まっている。
ほんのちょっぴりの魚が乗ったスプーンは、徐々にエリザベートに近づいていき、やがて口の中に吸い込まれた……
「? ! !!」
口を押えるエリザベート。
「どうだった?」
「美味しいかも……」
よかった。先生が年上の子は年下の子の面倒を見ろって言っていたのは、こういうこともあったのかな。
そして食事が終わり、フリーデたちと話しているときにあることに気付いてしまった。
「ねえ、クライブ」
クライブに隣のテーブルの上を指し示す。
「あ、ほんとだ」
数人の生徒がすでに教室に戻ってしまっていて、食べ終わった場所にはトレイと食器がそのまま残されていたのだ。
「みんな、聞いてくれる」
クライブが立ち上がり、まだ残っている生徒に語りかける。
「ここでは、食べ終わったら食器を戻さないといけないんだ。もう、戻った人たちは仕方がないけど、君たちは自分で戻していってね」
クライブはそう言って、自分の食器を返却口へと返しに行った。
「それじゃ、私たちもそろそろ行こうか」
私たちは自分たちの食器とテーブルの上に残されていた食器を片付け、教室へと戻った。
「今年の生徒はすばらしい!」
今日は午後のダンスの授業はないらしく、その代わりエックハルト先生が教壇で吠えている。
「毎年、何人かの生徒は食べることもできずに泣き出す子もいるんだが、今年は全員が食事をすることができた。それに、食器まで片付けていったのは君たちが初めてだ。僕は誇らしいよ!」
先生は興奮気味だ。
今年は経験者が二人いたからね。確かに、私とクライブがいなかったら、食べることができない子もいたかもしれない。
「それに、騒ぎ出す子がいなかったのも驚きだなぁ。みんな、腹は立たなかったのかい?」
文句を言いたくても、王族のクライブが何も言わないのに一人で騒ぐわけにはいかないだろう。
「まあ、ここでは君たちのこれまでの経験が役に立たないこともあるから、わからないことがあったら、誰でもいいので遠慮なく聞くこと。そのための学校だよ。それじゃ、今日は少し早いけど終わるからね。あ、それと、今日のことは君たちのご両親は知っているから話しても構わないが、弟と妹には内緒にしてね」
あはは、毎年こういう感じなんだ。なんだか学校も楽しみになって来たかも。
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