第61話 おはよう。今日もよろしくね!

 学校は、王都の中の貴族街と商店が立ち並ぶ商業地区の間にあるということだけど、馬車の窓には目隠し用の仕切りがしてあるので、今どこを走っているのかわからない。


「ねえ、レオン。外を……」


「フリーデお嬢様、すでに市街地に入ってますので開けることはできません。もう間もなく到着しますので、少しの間ご辛抱ください」


 風は通り抜けるように作られているから暑いってことは無いけど、外を見られないって言うのは馬車に乗る楽しさが半減だと思うの。


「ティナお姉さま。私たちもこの前お姉さまがされたように、使用人用の馬車に乗ってきたらいいのではないでしょうか」


 おお、その手があったか。あの馬車なら外の景色をいくらでも見ることができる。


「フリーデ様。使用人用の馬車では学校に入ることができません。それに制服を着てあの馬車に乗っているのを見られましたら、物笑いの種になってしまいます」


 とほほ、学校に行くときは外を眺めるのは諦めた方がいいようだ。





 外を見ることができないので、フリーデと話をしていたら馬のいななきと共に馬車が止まった。到着したかと思ったら外で何か話し声が聞こえて、そして馬車はまた動き出した。かと思ったら、すぐに止まった。


「到着したようです」


 先の降りたレオンさんに手を引かれ、フリーデと一緒に馬車を降りると、そこは高い塀に囲まれた建物の前だった。


「ウェリス侯爵家のフリーデお嬢様と、カペル男爵家のティナお嬢様です」


 レオンさんは、建物の前に立っていた王宮で見かける衛兵さんと同じ色の軍服を着た兵士さんに、私たちの名前を告げる。


「はい、フリーデ様とティナ様ですね。名簿にございます。どうぞ中にお入りください」


 クライブが通うことになったから、不審者がいないか調べているのかな。


「それではフリーデ様、ティナ様。私はここから先に入れませんので、お二人で中にお進みください」


 なるほど、使用人でも関係者以外は中に入れないみたいだ。馬車も決められた馬車以外は敷地に入れないみたいだし、なかなか警備は厳重かも。

 そしてレオンさんは、学校が終わる時刻にフリーデを迎えに来ると言って、屋敷に戻っていった。


「それじゃ、フリーデ。中に入ろうか」


 衛兵さんに挨拶をして校舎の中に入ると、そこには学校の職員と思われるおじさんが立っていて、一番奥の教室まで向かうように告げられた。


「案内はしてくれないのですね」


「そうだね。きっと、自分たちでやりなさいっていうことだと思うよ」


 建物自体はそんなに大きくないから迷うことは無いけど、普段から何かにつけしてもらうことに慣れている貴族の子供たちは、戸惑うんじゃないかな。


 フリーデと一緒にまっすぐに伸びた廊下を進む。途中トイレと更衣室があるだけで、ほかに教室はないみたい。職員さんがいた入り口の近くに階段があったから、職員室とかは二階なのかな。

 さらに廊下を突き当りまで進むと、正面と左側にドアがあった。正面のドアにはこの先渡り廊下、開放厳禁と書いてあって、教室は……左側だな。ドアの上に小さな看板がぶら下がってた。


「お姉さま、この先は何がありますの?」


 フリーデは正面のドアの先が気になるようだ。


「カミラさんから聞いてないけど、渡り廊下があるみたいだから、その先に体育館みたいなものがあるんじゃないかな」


 体を動かす授業があるって言っていたから、運動場もあるのかもしれない。


「きっと、あとから先生が教えてくれるよ。教室はこっちだから、入って待っていよう」


 フリーデと一緒に左側のドアを開け、中に入る。すでに数人の生徒が来ていたけど、何やらみんな落ち着かない様子だ。

 中にも案内の人はいないな。えーと、座る場所はどこだろう……


「なんてところだ! この僕が、こんなことまでしないといけないなんて!」


 突然、ひときわ大きな声が教室に響きわたる。

 見てみると、男性用の制服を着た銀髪の少年が天を仰いで騒いでいた。


「お姉さま、あの方は何をされていますの?」


「さあ?」


 ほんと、何しているんだろう。

 あの子は誰かに何かを頼まれているのだろうか?


「おい、そこの女。見ない顔だな、お前はどこの家の者だ」


 えっ? もしかしてこの人、私に言っている?

 さっき騒いでいた銀髪の少年が、私の方を指さしているのだ。


「初めまして、カペル男爵家のティナです」


「男爵家? ふん、丁度いい。そこに席順が書いてあるらしいから、僕の名前を探して教えろ! 僕はガーランド侯爵家のダニエルだ」


 カチンときた。何で私がこいつのためにそんなことをしないといけないんだ。

 あまりに腹が立ったので文句を言おうとしたら、後ろから声をかけられた。


「おはよう、ティナ。みんな早いね。僕が一番かと思ったら先越されちゃってたよ」


「えっ! クライブ殿下? なぜここに?」


 ダニエルと名乗った少年は、クライブを見て固まっている。


「そこの君、殿下はやめてね。ここでは身分に関係なく、みんなで勉強するんでしょ。だから僕の事はクライブでいいよ」


 うん、やっぱり、クライブはいい王様になりそうだ。


「ダニエル様、私がダニエル様のお席をお探しすればいいのでしょうか?」


 嫌味たっぷりで言ってみた。もし、探してと言ったら、そりゃあ、うやうやしくやってやるつもりだ。


「あ、いや、いい。自分で探す」


 ダニエルは教室の前に掲示してある紙を見に行った。たぶん、あそこに座席表があるのだろう。


「何かあったの?」


「何も無いよ。クライブ、おはよう。今日もよろしくね!」

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