第60話 それでは、お姉さま参りましょう!

「ティナお姉さま、準備はできましたか?」


「うん、できているよ」


 私がエリスと一緒に階段を降りていくと、鞄を抱えたフリーデが下で待ち構えていた。


「レオン、お姉さまも大丈夫なようです。早速参りましょう!」


「お待ちなさい! フリーデ、今から行っても、まだ門が開いてませんよ。お茶でも飲んで少し落ち着きなさい」


 玄関横の食堂からカミラさんが出てきて、フリーデをたしなめている。よほど学校が楽しみなのだろう。フリーデは昨日からずっとこんな調子なのだ。


 ヒヒーン!


「あ、ティナ様、迎えが来たようです。私は先に参ります」


 カミラさんたちと一緒に食堂に入ろうとすると、外から馬のいななく声が聞こえてきた。王宮からの馬車が到着したみたい。


「学校が終わったら行くって、アレンさんに伝えてね」


『畏まりました』と言って、エリスは慌てて出ていった。こちらも念願の王家の馬車に乗れるのが嬉しいようで、昨日からソワソワしていたんだよね。


 ウキウキのエリスを見送った後、改めて食堂に入りレオンさんにお茶を入れてもらう。


「ところで、ティナ。アレン様のご様子はどうだ?」


「あと少しで歩くための訓練が始められそうです」


 今日のコンラートさんは、朝からゆっくりしている。これまでずっと気忙きぜわしそうにしていたけど、ようやく落ち着いてきたのかな。うん、軍務大臣がのんびりできるのはいいことだ。平和な証拠だよ。


「そうか、ご快方に向かっておられるのだな。よかった。しかしそうなると、陛下はこの先アレン様をどうなされるおつもりだろうか」


 クライブは、アレンが動けるようになったら、一緒にいられるようにしてくれるって言っていたけど、王様の考え次第によっては離れ離れになる可能性だってある。


「お父様、アレン様はもう王様にはなれないのですよね。そういう場合は何をなされますの?」


「通常であれば、兄弟殿下を支え、万一の際にはすぐに後を継ぐことができるように備えておかれるのだが、アレン様はすでに廃嫡されているので、王位に就く可能性はほとんどないと言っていい。そうなると行く先が限られていて、軍隊に入り司令官になるか、新しく爵位を持って貴族になるか、または今ある貴族の家を継ぐかのいずれかしかないのだ」


 廃嫡された王子は、よほどのことが無いと王位継承権を再度得ることはできないとエルマー殿下が言っていた。たぶん昔、兄弟間で争いがあったんだと思うけど、記録や本でそういうのが残っていないから、詳しいことは誰も分からないみたい。ちなみに一度廃嫡された王子が再度王位継承権を得るのは、すべての王位継承権者がいなくなった時だけで、これまでその前例は無いらしい。試しに残りの王位継承権者の数を聞いてみたけど何十人もいるって言うから、アレンが王様になるのはほぼ不可能と言っていいと思う。


「ただ、新しい爵位となると領地の問題が出てくるし、既存の貴族の家に入るには、その家の家柄の問題もあるが、王族が入ることを良しとしないところが多くて、こちらも一筋縄ではいかんのだ」


「せっかくお目覚めになられたのに、アレン様もなかなか大変なのですね」


「ああ、もう少し早くお目覚めになられていたら、廃嫡されることもなかったはずだし、陛下もお困りだろう」


 私はアレンに王位継承権が無くてよかったと思っている。クライブはいい王様になりそうだし、アレンには王様になる気はないはずだ。それなら、揉め事の原因になりそうな権利はない方がいいに決まっている。そして、クライブを横から支えてあげたらいいんだ。

 でも、王族を受け入れるのを嫌がる貴族がいるのは知らなかったな。もしかしたら、お父さんたちの気持ちを聞いておく必要があるかもしれない。


「ところでティナ、内務省から候補地の資料はあと一週間ほどでできると言ってきた。ティナが見た後でハーゲンを呼ぶことになるから、説得を頼むよ」


「あ、はい。わかりました」


 カペル家の移転先、私が見てもよくわからないんだよな。どうしよう。


「ティナ様、フリーデ様、そろそろいいようです」


 お、時間になったようだ。候補地の件は、午後からアレンに相談してみよう。


「ありがとう、レオン。それでは、お姉さま。参りましょう!」


 ニコニコのフリーデと一緒に、学校へ向かうことになった。

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