第59話 ティナはしてくれないの?

「ティナ様は右足を、クライブ様は左足をお願いします。……そう、ゆっくりとですよ」


 私とクライブは、エリスの指示に従ってアレンの体をほぐしている。

 クライブが『兄上が一日でも早く動けるようになるには、経験者のティナとエリスの協力が不可欠です!』といって、アレンが動けるようになるまで王宮に自由に出入りできるようにしてくれた。早速翌日から毎日アレンの元に通っているのだ。


「兄上、痛くありませんか?」


「うん、大丈夫。体が楽になっていくのがわかるよ。ねえ、エリス、もう歩く練習をしてもいいんじゃないかな」


「そうですね。お気持ちは分かりますが、無理すると余計に時間がかかってしまいますので、もうしばらく様子を見てみましょう」


 アレンの体も、クラーラさんたちが関節が固まらないようにマッサージを続けていたんだけど、エリスが私にしてくれていたように効率よくできていなかった。そのため、歩く練習ができるようになるにはもう少し時間が必要なようだ。


「早く歩けるようになって、ティナのところに行きたい!」


「兄上、もう少し待ってください。兄上がティナと一緒にいることができるようにいたしますので」


 クライブは、もう廃嫡されているアレンの代わりに皇太孫としての役目を果たす必要があるんだけど、時間があるときはここに来てアレンのリハビリを手伝ってくれている。


「エリス、力の入れ方はこれでいいの?」


「あっ、クライブ様、こういう感じで……」


「こう?」


「そうです。そしてこの後は――」


 クライブとエリスっていい雰囲気なんだよね。いっそのこと、このまま一緒になってくれないかな。


「ティナはしてくれないの?」


「あ、ごめん」


 二人に見とれていたよ。

 やはりデュークはアレンさんの中でなら存在できるようで、私がウェリス家に戻ってもついてくることはない。


 デュークは記憶を失ってしまっているけど、やっぱり元々アレンだったんじゃないかと思う。そして、私も同じようにティナだったのかもしれない。でも、どうして私に春川有希の記憶があるのか、デュークがその事を知っているのかはわからない。







「ティナ様、そろそろお時間です」


 もうそんな時間か。毎日時間が経つのが早い。

 できるだけアレンの手伝いをしよう決めているけど、夜はウェリス家で食事をすることにしている。いくら王家から頼まれていると言っても、私とエリスはコンラートさんの保護下にあるからね。


「ねえ、アレン。明日から学校だから、これまでのように来れなくなるけど大丈夫?」


 これまでは、毎朝王宮に行って夕方までアレンのリハビリを手伝っていた。でも、明日からは学校が始まるので、私は朝からお昼過ぎまではそちらに行かないといけないのだ。


「午後には来てくれるんだったよね」


「兄上、お任せください。学校の帰りにティナを確実に連れてまいります」


 フリーデと一緒に帰れなくなるけど、ようやく目覚めたアレンのためならとフリーデも言ってくれているので、こちらの方も問題はない。


「クライブ、頼むよ。それで、ティナ。街の様子はどうだったの? 賑やかだったって言っていたでしょう」


 王宮からアレンが目覚めたと発表があった後、街中お祭り騒ぎになったのだ。リビエ王国では王家の人気が高いと聞いていたけど、これほどとは思っていなかった。


「私も聞いた話だけど、出店もあったみたいだよ」


 私は、貴族とは云々……といういつもの理由で買いに行くことはできなかったけど、ウェリス家の使用人に頼んで様子を教えてもらっていた。


「わたがしもあった?」


「さすがにわたがしはないんじゃないかな。肉が多かったって言っていたよ」


 王都の商人さんが集まるメイン通りに出店が並んでいたみたいだけど、私たちは行けないし、馬車も窓に仕切りがしてあるしで見ることすら叶わなかったんだよね。ほんと、貴族っていやになっちゃうよ。


「そうかー。ボクも見てみたかったなー」


 私もそう思う。


「そのー、兄上。わたがしというのはどのようなものですか?」


 私とアレンは、クライブとエリスにわたがしのことを教える。


「ふわふわで甘い……。ティナ様、聞いているだけで、よだれが出てきそうです」


「なんとなくだけど作り方はわかるから、体が動くようになったら作ってみるよ」


「それは、兄上たちが昔おられた世界の食べ物なのですね」


「そうだよ。ボンヤリとしか覚えてないから、失敗しても怒らないでね」


「兄上の作ってくださるものなら、何だって美味しくいただきます!」


 アレンの中にデュークが入っていると知っているクライブには、私とアレンの秘密を話している。ここにいる四人は一緒にいることが多いから、秘密は無い方が都合がいいと思ったのだ。


「ティナ様、お名残惜しいかと思いますが、早くしないと馬車を待たせてしまいます」


 いけない。早く帰らないと御者のおじさんの仕事が終わらない。


「それじゃ、また、明日ね。アレン」「アレン様、失礼いたします」


「ティナ、エリス。おやすみ」


 私とエリスは王宮裏手の出入口まで急ぐ。


「エリスは朝から来るんだよね?」


 帰りはいつもクライブが出口まで送ってくれている。


「はい、その予定にしておりましたが、ご都合が悪かったでしょうか?」


「いや、明日はティナがいないから、どうやってここまで来るのかと思って」


「乗合馬車で近くまで参ろうかと思っております」


「そんなのダメだよ! 女の子一人じゃ危ないし、兄上のために来てくれるんだから、こちらで馬車は用意するよ」


 エリスは強いけど、傍から見たらそうは思えないから、カチヤの時のように襲われることだってあると思う。ウェリス家の馬車を使えたらいいんだけど、明日から私とフリーデが通学に使うし、使用人用の馬車も、その時間は通いの人たちを迎えに行っているので使えない。ウェリス家からエリスのために馬車を用意できなくて、どうしようかと思っていたのだ。だから王宮で馬車を出してくれるのはありがたい。


「よろしいのでしょうか?」


「大丈夫! 兄上のことに関しては僕と母上に一任されているからね。この後、母上に話しておくよ」


 これで明日のエリスの心配はなくなった。ただ、学校がなあ……クライブが私に他の貴族が近づかないようにって、気合を入れているみたいなんだよね。騒ぎにならないか心配だよ。

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