第58話 ギュッとしても怒らない?

「こんなところかな。それじゃ、僕、そろそろ行くね」


「クライブ、ちょっと待って。……ねえティナ、これからもずっとボクと一緒にいてくれる?」


「ずっと……うん、いいよ」


「ギュッとしても怒らない?」


「……うん、怒らない」


「えへへ、よかった。早くティナをギュッとできるようにボクも頑張るね。でも、毎日会いたいよ」


「毎日は無理かも。できるだけ、エリスと一緒に来るようにするから」


 アレンさんデュークがいるのは王宮だから、入るにはそれなりの理由がいるのだ。


「兄上、それは僕に任せてください。ティナとエリスが毎日でも来れるように手配しておきます」


「ありがとう、クライブ。お願いね」


「さてと……。みんな、ものすごい騒ぎになると思うから覚悟していてね。ふぅー、よし、行くか! 母上ー! 父上ー! 大変です! 兄上がー!」


 クライブは走って部屋を出ていった。


「デューク、本当にいいの?」


 少しだけ静かになった部屋でデュークに話しかける。

 これからは、私たち三人で一緒にいることもできなくなるかもしれない。


「もう、決めたことだから。それよりもティナ、ボクの事はアレンって呼ばないとおかしいよ」


 そうだった。


「アレン、できるだけ毎日来るからね」


「うん、楽しみに待っておく。それにしても、ティナはほんとよく頑張ったよね。ボクは体が全く動かないよ」


「そうでしょ。あの時は金縛りにあっていると思っていたもの。辛いかもしれないけど、私は動けるようになったから大丈夫だよ」


 アレンの体は、目覚めた時の私と同じで筋肉が衰えていて痩せっぽちだ。腕を動かく事すら満足にできないと思う。


「分かった。ティナをギュッとするために頑張るよ」


「ばか」


「ティナ様、アレン様。そろそろ皆様がお見えになりそうです」


 外の様子を探っていたエリスが戻ってきた。

 みんなが来てしまったら……もう、これまでのようはいかないだろう。


 アレンの手を握り、残った手で髪をかき分けおでこにキスをする。


「しばらくの間、一緒にいられないけど我慢してね」


「あー、ティナを抱きしめられないのがもどかしい。エリス、ボクがいない間、ティナのことをお願いね」


「畏まりました、アレン様」


 そして、ドアが開き、次々に王族の方々が部屋の中に飛び込んできた。


「「「アレン!」」」






 その後はクライブが言った通り、ものすごい騒ぎになった。クラーラさんやエルマー殿下だけでなく王様に王妃様までも来たのだ。


「アレン!」


「ねえ、みんなどうしたの? 誰なの?」


 アレンは私の近くにいたからみんなの名前は知っているけど、当然知らないふりをしている。


「クラーラ、あなたの母ですよ」


「私はエルマー、お前の父だ」


「僕はクライブ。兄上、ずっと待っていましたよ!」


 クライブはなかなか芸達者かもしれない。さっきまでアレンの手を握って、ニコニコしていたとは思えないよ。


「アレンはティナと同じように記憶を失っておるのか」


 アレンに近寄らず、様子を見ていた王様が私のところに寄ってきた。


「は、はい。陛下、アレン殿下が目覚められた時は何も覚えておられないようでした」


「アレンはもう殿下ではない。それで、ティナ。アレンの記憶は戻ると思うか?」


 そうか、アレンは廃嫡されているから、王族だけど王位継承権は無いんだ。


「陛下、私は目覚めて半年になりますが、未だにティナの時の記憶は戻っておりません」


「ティナの時のか……ここは、目覚めてくれただけでも良しとしないといけないか」


 うっ、王様ってもしかして何か感づいている?

 デュークがいた時は注意してくれたけど、これからは自分で気を付けないといけないかも。


「ほら、あなた。そんなところにいないで、アレンとお話なさってください」


「ああ、そうだな」


 ビアンカ王妃に促され、王様はアレンの所に向かって行った。


「ティナ、おかしく思わないでね。さっきまでアレンのことを話していたから、少しバツが悪いのよ」


 クライブが言った通り、王様たちはアレンを永遠の眠りにつかせようと話をしていたみたいだ。


「国王陛下もどうしたらいいのか、わからないのではないのでしょうか。私の時もみんなそうでしたから」


「そうね、あなたが目覚めて間もない頃に、アメリーから手紙でどうしたらいいかって相談を受けたわ」


 そんな様子は見せなかったけど、お母さんも悩んでいたのかもしれない。


「それにしても、ティナが目覚めてから、いろんなことが起こるわね」


「ごめんなさい」


「責めているわけじゃないの。むしろ王国にとっていいことが起こっているのよ。もしかしたら、時代が変わろうとしているのかもしれないわね」


 ビアンカ王妃は、アレンと王様たちの様子を見ながらそう呟いた。

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