第52話 ちょっと実験に付き合ってもらっていいかな

「そのお話はエルマー殿下にお断りしています。第一、カペル家の跡継ぎがいなくなってしまうので無理なお話です」


「エルマー殿下は、跡継ぎの件はカペル家に優秀な養子を送り込んでもいいし、男の子をたくさん産んでくれたら、その子にカペル家を継がせてもいいとおっしゃっている。考えてみてくれないだろうか」


 クライブ殿下のお妃の件、消したはずの火が消えてなかった。クライブが嫌いというわけではないけど、結婚相手となると話は別だ。


「あのー、お話に口をはさんで申し訳ございません。本日クラーラ様と話していたのですが、クラーラ様はアレン様の近くにティナ様を留め置く手段を真剣に考えられていて、その一つにクライブ様との婚姻についても話をされておりました」


「そうか、クラーラ妃もそう思われているのか……」


 夫婦そろって息子の嫁にって……うー、どうしよう。


(あのね、ユキちゃん。そのアレンの件だけど)


(いま、忙しいの!)


(大事のことだから聞いて)


 私の結婚よりも大事な事?


(何?)


(アレン、このままだと死んじゃうかもしれないよ)


「えっ!」


「ん? ティナ、どうしたんだい?」


「い、いえ、何でもありません。その件については少し考えさせてください」


 驚いて、声を出してしまっていた。


(ちょっと、どういうこと。どうしてアレンさんが死んじゃうの?)


(たぶん、ボクが入ったからだと思う)


(どうして? これまでも私やエリスに入っていたけど、そういうこと言わなかったよね)


(うん、ユキちゃんやエリスちゃんには、元々ユキちゃんやエリスちゃんが中に入っていたじゃない。だから変化はなかったんだけど、アレンの中には何もいなかったからボクが入ったことで、時が動き出したんじゃないかと思う)


 よくわからなかったから、もう一度聞いてみることにした。

 デュークによると、アレンさんは長い間体の中に精神がない状態で安定していたのに、この前デュークが入ったことによって、何らかのスイッチが入ったのか体に変化が起こった。

 その証拠にデュークがアレンさんの中にいるときには、頬が赤くなったりして生体活動が活発になっているようなんだけど、デュークが出た後はその反動で逆に衰えていっているみたいなのだ。

 今回は衰えてしまわないうちにデュークが中に入ったからよかったけど、もし時間が空いていたら取り返しのつかないことになっていたのかもって……


(どうしたらいいの?)


(たぶん、定期的に中に入ったら大丈夫だと思う)


(定期的ってどれくらい?)


(よくわからない。でも、少なくとも一か月も間を空けたらダメなんじゃないかな)


 一か月以内って、そうそう頻繁ひんぱんに王宮に行くことなんてできないよ。


(いっそのこと、デュークがアレンさんになり切っちゃったらどう?)


(だから、ユキちゃんから離れられないんだってば)


(その事なんだけど、今日デュークがアレンさんの中にいるとき、私は10メートル近く離れていたんだよ)


(え、そうなの?)


 やっぱりデュークも気づいていなかった。


(……やっぱり、ユキちゃんはアレンが死ぬのは嫌だよね)


(うん、いつか元気になって欲しいと思っている。でも、デュークだけに無理はさせないよ。私も一緒に考えるよ。何か方法があるはずだよ)


(そうだね……)


 一度に色々なことが起こっちゃっているけど、エリスもいるしデュークだっている。一人じゃないからなんとかできるはずだ。これまでのようにみんなと協力してやっていこう。





 その夜、早速エリスとデュークと一緒に今後のことについて話をした。


 カペル家の領地の移動については、資料を見てからいい方を選ぶのは当然だけど、その資料が間違っていたり足りなかったりしたらいけないので、エリスの実家の仲間に頼んで出来るだけたくさんの情報を集めることにした。


 次にアレンさんの件だけど、これはエリスに付いていくということでアレンさんとの接点が持てそうなのだ。というのも、エリスはクラーラさんからアレンさんのマッサージの仕方を教えて欲しいと頼まれていると言っていた。つまり、これを利用したら定期的に王宮に行くことが可能になる。


 そして、クライブのお妃になる件。これが本当に頭が痛い。正直いうと、私がクライブと結婚したら万事うまくいくような気がする。王宮で生活することになるので、アレンさんのところにはいつでも行くことができるようになるし、カペル家の跡継ぎもコンラートさんが言った通り、クライブとの間に男の子を二人以上設けることができたら、下の子をカペル家の養子にしたら済む話だ。でも、なぜかそれだけはしたくないんだよね。だから、この件はやっぱりしばらくの間保留だ。保留!


「それでは、クラーラ様に週に一度くらいはお伺いできそうですって、お返事いたしますね」


 私も毎回はいろんな事情で無理かもしれないけど、できるだけ一緒に行こうと思う。


「エリス、いつも面倒な事お願いしてごめんね。それで、私がクライブと肖像画を見ていた時のことを覚えている?」


「はい、あの時のデューク様は、確かにアレン様の中におられました」


 やっぱり。


「結構離れていたよね?」


「ええ、デューク様がこれだけティナ様から離れていたことは無かったと思います」


 やっぱりそうだよね。人の中に入ったら私から離れることができるのかな。


「ねえエリス、ちょっと実験に付き合ってもらっていいかな」


「え、はい。私は何をしたらいいのでしょう?」






「それじゃ、デューク。エリスの中に入って動かないで」


(わかった)


「デュークがわかったって。でも、ほんとごめんね」


「いえ、デューク様ならいつでも構いませんよ」


 デュークの気配がエリスと重なる。


「エリス目を閉じていてね。デュークもだよ」


「わかっただそうです」


 私はデュークが入ったエリスをベッドに残して、部屋の入口のところまで向かう。ここならベッドから5メートル以上あるから、デュークが言うことが本当ならエリスから抜けるはずだ。


 エリスとデュークに気付かれないようにそっと……


「あっ!」


「どうしたの?」


「デューク様は急にいなくなりました」


(あーあ、抜けちゃった。またユキちゃんをギュっとしようと思っていたのに)


(そんなことはしなくていい!)


 デュークも私の隣に戻ってきた。ここはエリスがいるベッドから5メートルちょっと、ドアまではあと3メートルくらいある。


「二人とも目をつぶっていたでしょう?」


「はい」(うん)


 ということは、やっぱりデュークが私から離れられるのは5メートルが限度なんだろう。 


「アレンさんの時、なぜ離れても大丈夫だったのか調べる必要がありそうだね」


 次、王宮に行ったときの宿題ができてしまった。

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