第51話 ティナ、その事なんだが……

「これは兄上が10才の頃に書いてもらった物なんだ、こっちの小っちゃいのが僕」


 壁に掛けられていた肖像画には、二人の男の子が描かれていた。小さい子が椅子に座り、大きな子が後ろからその椅子に手をかけているという構図だけど、二人の仲がいいというのが一目でわかるものだった。だって、クライブは後ろのアレンさんを見上げて笑っているし、アレンさんもクライブを見て微笑んでいるからね。


「アレンさん、優しそう」


「うん、兄上は優しくて頭も良くて剣術もすごくて……とにかくカッコよかった!」


「クライブはお兄さんのこと好き?」


「うん、大好き!」


 クライブの中では、まだアレンさんは眠りについた時のままなんだろう。

 何とかしてあげたいよ。


(ねえ、デューク。話を聞いていたでしょう。何かいい方法思いつかない?)


 ……


(ねえ、デュークってば……)


 あれ、デュークはどこだ?


「ん、ティナ? どうしたの?」


「え、いや……」


 デュークはもしかしてまだアレンさんの中? そういえば、さっき手をギュってしなかったかも。

 でも、ここってベッドから10メートルくらいあるよ。確か5メートル以上離れたら強制的に抜けちゃうんじゃなかったかな。カチヤの町で暴漢の憑りついた時、デュークは私から離れないように気をつけながら戦っていたはずだ。それなのにここにいないってどういうこと?


「ねえ、クライブ。ちょっと忘れ物をしたかもしれないから、アレンさんのところに戻ってもいいかな」


 急いでベッドまで戻り、アレンさんの左手をギュッと握ってみる。


 デュークの気配がアレンさんから出てくるのがわかった。

 よかったぁー、デュークがいなくなった訳じゃなかったよ。


(遅いよ! 動くことはできないし、ユキちゃんはいつまでたっても合図してくれない。忘れられたのかって思っていた!)


 デュークは私の傍のいつもの場所に着くなり、怒ってきた。


(ご、ごめんね。ちょっと、クライブと話していたんだ)


 ちょっぴり忘れていたのは内緒だ。


(退屈だった?)


(エリスちゃんとクラーラさんの話が聞こえていたから、退屈はしなかったけど、聞いて欲しいことがある)


 え、何だろう。


「ねえ、ティナ。忘れ物は見つかったの?」


「あ、うん、見つかったよありがとう」


「よかった。ほら、兄上もティナが来て嬉しいのかな。さっきよりも顔が赤くなっているよ」


 顔が赤くなるって表現でいいのかわからないけど、いい顔色になっているのは確かだ。デュークに長く入ってもらっていたからかもしれない。


(それで、聞いて欲しいことって何? アレンさんの事?)


(うん、アレンの事……)


 コンコン!


「失礼するよ。ティナ、コンラートがそろそろ帰らないといけないって言うんだが、大丈夫かい」


(あ、ごめんデューク。あとで聞かせて)


「エルマー殿下、わかりました。エリス、そろそろお邪魔しようか」


「はい、ティナ様」


「二人とも、また、来てくださいね」


 私とエリスは、クラーラさんとクライブに別れを告げ、アレンさんの部屋を後にした。







「ティナ、カール国王陛下とエルマー殿下とも話したのだが、やはり東部か南部かのどちらかになりそうだ」


 帰りの馬車に乗ってすぐ、コンラートさんが切り出してきた。


「もうそんなに具体的になっているのですか?」


 いくらなんでも早すぎない?

 カチヤを開放してから一週間とちょっとだよ。


「ああ、資料が出来次第こちらに届くから、目を通して欲しい」


 内容をみて、お父さんを説得してって言うことだよね。


(だって。デューク、お願いね)


(わかった)


 私では資料をもらってもよくわからないからね。あ、でもお父さんにはどこで話すんだろう。


「あのー、読むのは構いませんが、もうすぐ学校が始まると聞いています。カチヤに戻れないと思うのですが」


「ああ、だからハーゲンをこちらに呼ぶことになると思う」


 お父さん驚くんじゃないかな。王都に呼ばれていきなり引っ越せって……あれ、これってもしかして地球の転勤と一緒かな。ただ、こっちだと拒否したら罪人にされちゃうけどね。


「わかりました、話してみます。それで、お父さんが納得したらすぐにでも引っ越さないといけないのですか?」


「もちろん準備期間は必要だが、出来るだけ早い方がいいと国王は仰せだ」


 そっか、カチヤの町は綺麗でいい街だったけど、もう帰ることはできなくなるんだ。


「エリスごめんね。学校が終わったら、カチヤじゃなくて違うところに帰ることになりそうだよ」


「ティナ、その事なんだが……」


 なんだか嫌な予感がする……

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