第43話 今日一緒に寝てくださったら許しちゃうかもです

 カチヤを出港した翌日の夕方、王都に着いた私たちは、船の甲板の上で港を眺めている。周りからは、船員さんの大きな声が絶え間なく聞こえているから、どの船も上陸の準備で忙しいんだろう。


「帰りは思ったよりも早かったね」


「風と海流がよかったって、キース参謀が言っていたよ」


 予定よりも早く王都に到着してしまったので、私もクライブも迎えの馬車がまだ来ていないのだ。

 特に皇太孫殿下であるクライブは、お付きの人が到着するまでは船から降りることができない。一人寂しそうにしているクライブをそのままにしておくのは可哀そうだったので、私たちも一緒に付き合っているというわけだ。


「王様のところには明日かー、緊張するよ。クライブも出席するんでしょ」


「うん、僕はおじいさまへの報告が終わるまでは下級兵扱いだから、本当は参加できないんだけど、キース参謀のお供ということで出ることになるみたい」


 こういうのも将来のための勉強になるんだろうな。ほんと王様になろうとする人は大変だと思うよ。


「ねえ、クライブ。明日どうしたらいいのか教えてくれないかな?」


「ごめんね。僕もこういう場は初めてなんだよ。今日帰って父上に聞こうと思っているから、ティナはウェリス卿に尋ねてみたらいいんじゃない」


 そうだった。コンラートさんは軍務大臣だから、明日はきっと出席しないといけないはずだ。


「そうだね、今夜にでも聞いてみることにするよ。ところでエリスは、クライブに話しておくことは無いの?」


 陸に上がってしまったら、王家の人間のクライブとは、なかなか会うことが難しくなるだろう。せっかく仲良くなったんだから、心残りが無いようにしておかないとね。


「そうですね……クライブ様、王家の馬車はどのような感じなのでしょうか?」


「え、うちの馬車? えーとね――」


 あはは、エリスって結構馬車好きだよね。わざわざ、このタイミングで聞くかな。まあ、二人で仲良く話しているからいいか。


(デュークも疲れたでしょう?)


 この船に乗っていたのはほんの短い間だったけど、いろんなことがあってほんと疲れたよ。


(楽しかった! いろんな人の中に入れた!)


 うー、そうだった。私も可哀そうだからと思ってついこいつを受け入れてしまったんだ。……まてよ、デュークが私の中に入ったということは、この体の持ち主のティナのことを何か気付いたかもしれない。


(ねえデューク、私の中に入った時、ティナの事でわかったことはなかった?)


(えーとね、ユキちゃんの中にはユキちゃんしかいなかったよ)


 私しかいない?


(他の人の時はどうなの?)


(エリスちゃんの時もクライブの時も、ちゃんともう一人の存在が体の中にいたよ)


 それってどういうこと?

 もしかして、もうティナという少女はこの世にいないということなの?

 それとも、私が春川有希だと思っていること自体が夢……


 うーん、わからない。デュークが何か思い出してくれないかなあ。私のことをユキちゃんと呼ぶんだから、何か知っているはずなんだけど……


「あ、ティナ様、ウェリス家の馬車が到着したようです」


 おっと、迎えが来たようだ。

 確かにあれは王城に行くときに、コンラートさんと一緒に乗った侯爵家の馬車だ。


「それじゃ、クライブ。私たちは迎えが来たみたいだから行くね」


「クライブ様、失礼いたします。王家の馬車を見ることができなくて残念です」


「あ、ちょっと待って。二人ともこれまで僕に付き合ってくれてありがとう。この船を降りたら今までのようにはいかないと思うけど、気持ちだけでも友達のままでいてくれたら嬉しいな」


 そうか、いくら私たちが友達を続けようとしても、ここを降りてしまったら、将来国王になるクライブに対して呼び捨てなんて当然できなくなるし、こういうふうに三人一緒にいることすら難しいかもしれない。


「わかった。これまで通りにはいかないかもしれないけど、私たちは友達だよ。ね、エリス」


「はい。ティナ様、クライブ様」


「うん、ありがとう。それじゃ、ティナ、また明日ね」


 私とエリスはクライブと別れ、船を後にした。








「ティナお姉さま!」


 エリスと一緒に船を降りて馬車のところに向かうと、レオンさんの制止を振り切って中からフリーデが飛び出してきた。


「ただいまー。迎えに来てくれたんだ」


「お帰りなさいませ。でも、船に乗っていたなんて知りませんでした」


 私だって思いも寄らなかったよ。

 抱き着いてきたフリーデの頭をいつものように撫でてあげる。久しぶりのサラサラの髪が気持ちいい。私たちの髪は……いや、もうすぐお屋敷に帰れるんだからそれまでの辛抱だ。


「すぐに帰ってくると思っていましたのに、何日も戻って来られなくて心配したんですよ」


 ほんとだよ、日帰りの予定だったのにどうしてこうなったんだろう。それにしても、フリーデは事情を知らないのかな。


「ごめんね。心配かけちゃって」


「許しません! でも、今日一緒に寝てくださったら許しちゃうかもです」


「わかった。レオンさんに頼んでみよう。いいですか? レオンさん」


「はい、ティナ様にご迷惑が掛からなければいいかと思います」


「迷惑なんてかけないよー」


 ふふ、フリーデったら口を尖がらせちゃって……でも、よかった。みんな無事だからこういうやり取りもできるんだよね。


 ということで、ニコニコのフリーデと一緒に馬車へと乗り込む。


「ティナお姉さま、船でどちらに行かれていたんですか?」


 やはりフリーデは何も聞かされていないようだ。

 話していいものかとレオンさんの方を見る。


 お、頷いた。大丈夫みたい。


「私はカチヤまで行っていたんだよ」


「カチヤ? おじさまとおばさまに会いに行かれてたのですか?」


「うん、お父さんとお母さんに会って来た。元気だったよ」


「ほんとですか! よかったぁ。お父さまもお母さまも何も教えてくれないから怖かったんですよ」


 カチヤが解放されたという知らせは、王都に届いていなかったのかな?

 エルマー殿下は私たちよりも早く王都に向かったはずだし、鳥さん便を使ったらとりあえずの状況は分かると思うんだけど……


「ティナ様。旦那様はご存じでしたが、国王陛下への報告の後でないと公表できないのです」


「王様への報告って明日の?」


 レオンさんは、はいと頷く。

 それじゃ、やっぱりフリーデに話したらいけなかったんじゃないの?


「フリーデお嬢様。ティナ様は本日お屋敷にお帰りになられますが、未だ作戦行動中の身です。ティナ様から今聞いたこと、これからお聞きになることは軍事機密になるかもしれません。もし他で話されますと、フリーデお嬢様と言えども牢屋に入らないといけなくなるのでお気を付けください」


「ん、んん……」


 フリーデは手で口を押え、返事している。


「ねえ、フリーデ。お話止めようか?」


「ん、んん! ぷはぁ! ティナお姉さま、他では話しませんので是非お聞かせください!」


 ウェリス侯爵邸までの道のりは、あっという間に過ぎていった。

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