第42話 クルのことを教えてもらおう!
「きれいだね、エリス」
「はい、ティナ様」
海側から見るカチヤの町は、夏の日差しを浴びて鮮やかに輝いていた。
「戦争があったなんてウソみたい」
「街に被害がほとんどなかったのは、ティナ様とデューク様のおかげです。本当にありがとうございました」
「いやいや、私はただデュークが言ったことを話しただけ。何もしてないよ」
(そんなことない。ユキちゃんが真剣に話したから、みんなわかってくれたんだよ)
(ありがとう)
でも、本当によかった。
街に被害が出ていたら、こんな晴れやかな気持ちでカチヤを離れることなんて出来なかった。エリスにしても、家族が無事じゃなかったら一緒に来られなかったかもしれない。
『錨を上げろ!』
「お、出航するみたいだね」
クライブからもうすぐ出港時間だと聞いたので、エリスと一緒に甲板まで上ってカチヤの町を眺めていたのだ。
「カチヤともお別れですね」
「うん、しばらくは帰れないはずだからね」
学校が始まってしまったら、半年後の長期休暇までカチヤには戻ることができない。エリスは学校には行かないけど、私を残して一人で帰ることはないだろう。
「そういえばティナ様、学校では結婚相手をお探しになるのですよね。いい家柄の方がおられたらいいのですが……」
結婚相手……そういえば、アメリー母さんがそう言っていたかもしれない。
「え、いや、それは早いんじゃないのかな」
「何をおっしゃっているのですか! ティナ様にはカペル男爵家の跡継ぎをもうけてもらわないといけません。会ってすぐに結婚というわけにはまいりませんから、早いうちからいい殿方を見つけておく必要があります」
なんだか急に気が重くなってきたぞ。この体の持ち主のティナのために学校に行こうと決めたけど、結婚相手となると私が勝手に決めちゃっていいのかわからない。
というか、私は地球に戻ることができるのかな……
「あ、二人ともここにいたんだ。部屋にいないから探したよ」
「ごめんね。カチヤともお別れだから町を眺めていたんだ……」
そういえば、クライブのお妃候補にされそうになっていたんだ。エルマー皇太子殿下には断っているけど……大丈夫だよね?
「そうか、二人とも王都に住むんだったよね。ん、どうしたの? 僕の顔になにかついている?」
「いや、別に。それで、私とエリスは王都に戻ったらすぐにウェリス侯爵家に帰してもらえるのかな」
この作戦が終わるまでは海軍の指揮下にあるって言われているけど、その後のことは聞いてない。
「うん、一応戻れるとは思うけど、ティナは軍師としてここにいるよね。たぶん、おじいさまの所に報告に上がらないといけないと思うよ」
好きで軍師として乗っているわけではないけど、カチヤを助けるための軍隊を出してもらったんだから、王様にはお礼を言いたいとは思っていたんだ。
「私も国王陛下にはお話したいことがあるんだ。決まったら教えてもらえるかな」
「わかった。キースさんに聞いておくよ」
たぶん陸上のことだからハンスさんに聞かないんだろうな。
「ティナ様、そろそろ戻りましょうか。波が高くなってまいりました」
気が付くとカチヤの町が小さくなっていた。
錨を上げ、帆を張った船は風をはらみ海上を滑るように進んでいる。
「エリスの言う通り、そろそろ海流に乗るから甲板は危ないよ」
「わかった。それじゃ、クライブまた後でね……って、そういえば、私たちを探してなかった?」
「あれ……そうだった! 船長に何か尋ねるんでしょう。今なら構わんよって伝えてくれって言われたんだ」
お、急いで行かなくちゃ。
「エリス行くよ! クルのことを教えてもらおう!」
私とエリスは船長室に行くために船倉へと向かった。
コンコン!
「入れ!」
「失礼します。ティナとエリスです」
船長室にはハンスさんだけがいて、珍しく執務机の椅子に座っていた。
「おー、嬢ちゃんたちか。何か聞きたいことがあるんだろう。そこの椅子にかけてくれ」
私とエリスは中央のテーブルの所に置いてある椅子をずらし、執務机の前に座った。
「おめえも、突っ立てないで座ったらどうだ」
「え、座ってもいいのですか?」
「当たり前だ! 今は作戦会議中じゃないからな」
クライブは予備の椅子を持って私の横に座った。
というか、クライブはなんで付いてきたんだろう?
「で、用ってえのはなんだ?」
おっと、クライブのことはあとだ。
「はい。この前食べさせていただいたクルについてなのですが、調理方法や材料の入手先とかを教えてもらえないかと思って」
「なるほど。あれは一度食べたら癖になるからな。俺も作り方を知った後、試しに艦隊で出してみたら好評でよ。それ以来ここぞというときに出すことにしている。俺としては他のやつらに教えてもいいんだが、最初の作ったところの許可をもらわねえといけねえんだ」
勝手に教えたらダメって言われているのかな。
「そこの許可を貰ったらいいのですか?」
「ああ、ただ、聞こうにも、その相手というのが王家なんだ」
うん、それはこの前クライブが言っていた。
「王家には聞けないのでしょうか?」
もし、王家がダメだと言ったら、私が地球のぼんやりとした記憶を頼りにクルを作ろうとしても、それ自体が難しくなるかもしれない。
「いや、王家に聞くこと自体は問題ないんだが、その相手が……」
「船長。ティナには兄上が寝たままなのは伝えています。だから、僕が父上に尋ねてみますよ」
「いいのか?」
「だって、あんなに幸せそうに食事している女の子を初めて見たんですよ。そんなに好きならもっと食べさせてあげたいじゃないですか」
う、それはたぶんデュークが私の中に入っているときだ。確かにあのクルは美味しかったけど、私だけの時にはそんなに顔に出して食べてはいないだろう……たぶん。
「クライブ、すまねえな。でもな、嬢ちゃんたち、作り方がわかっても作れるかどうかはわからねえぞ」
「香辛料?」
「お、分かってるじゃねえか。その通り、香辛料の量が圧倒的に足りねえ。俺の艦隊でも年に数回の模擬戦の時か開戦の前にだけ、やっと食べさせることができている状態だ」
やっぱりそうなんだ。
「その香辛料は、王国の南部から手に入れているのですか?」
「そこまで知っているとは、さすが軍師殿だ。確かに南部から手に入れているが、あの辺りは未だに交通の便が悪くてよ、量も種類も思い通りに手に入らねえんだよな」
これは作り方を習っても、年に一回とかのペースでしか食べられないかも。
「エリス、おじさんのお店で出すのは難しいかも」
「はい、父さんには諦めてもらいます」
「ん? 諦めるの?」
「いや、エリスの実家のお店で出すのは難しいみたいだけど、家では食べてみたいんだ。だから、よかったら聞いてもらえるかな。年に一度しか食べられなくても、喜ぶ人がいるからさ」
艦隊に乗った時にしか食べられないのなら、デュークが悲しむからね。
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