第41話 えっ、兄上は死んでないよ
エリックさんに連れてきてもらった港では、たくさんの小船が物資の運搬を行っていた。艦隊の半分の船が、お昼から王都に向かって出発するらしいので、その準備をしているようだ。
「お約束はしていたのですか?」
エリックさんは、港についた私とエリスが、あてもなく辺りをキョロキョロと見渡しているのを不思議に思ったらしい。
「いえ、ハンス船長からは、港には誰かいるから見つけて乗って来いって言われています」
「ぶっ! あの人らしい」
「ハンス船長のことをご存じなんですか?」
「有名ですよ。海の上では超一流ですからね」
海の上ではね。クライブも言っていたけど、陸の上のことは大雑把なんだよね。
「おや、おはようございます。軍師殿も乗られますか?」
お、この船員さんはカチヤに上陸するときに運んでくれた人だ。船長が言う通り誰かがいたよ。
「おはようございます。お邪魔でないのなら一緒にお願いできますか?」
「お嬢さん二人位の場所はいくらでも空けますよ」
よかった、見つからないときは大声で叫ばないといけないかと思っていたからね。
「それでは、ティナ様、エリス殿、お気をつけて。カチヤのことは、我々がもうしばらくこちらに滞在することになっておりますのでご心配なく」
小舟の上からエリックさんに手を振り、カチヤの港を後にする。
「また、しばらくカチヤともお別れですね」
「うん、休みになったら帰ってこよう」
私とエリスは、海軍の船で王都に戻った後もカチヤに戻らないことになった。
もうすぐ9の月になるから、そのままウェリス家に留まって入学の準備をしないといけないのだ。
(カチヤの町はどうなっちゃうのかな)
(わからない。王様がどう考えるか次第だけど、この町はこれから重要になるからおじさんの手に余るのは間違いないよ)
そうだよね。いつ教皇国が攻め込んでくるかわからないから、これからは気が抜けない。この前お母さんが言っていた、カチヤには優秀は騎士団がいるというのは、私を安心させるためにちょっと話を盛っていたみたいなんだ。騎士団自体はあるけど、これまではカチヤが平和だったから戦闘経験はほとんどなかったんだって。
それに、港の工事が大変そうだ。地球みたいに機械が無いから、人の手でやらないといけないはずだ。一体どれくらいの時間がかかるんだろう。
お父さん、頑張りすぎて体を壊さないならいいんだけどな。
ハンス船長の船に着いた私たちは、船から吊るされた板の上に乗せられている。この板は、カチヤのような港に直接船をつけられてない場所で、物資を運ぶときのために使うみたい。人が乗ることもあるけどそのためには作られていないので、落とされないようにエリスと二人で必死にロープにしがみついているのだ。
下りた時もそうだったけど、これはなかなかスリルがある。絶叫マシーンが好きならたまらないかもしれない。
「ティナ様、もう小舟があんなに小さくなりましたよ」
エリスは板の隙間から下を覗き込んでいる。
船の甲板って、結構高い位置にあるんだよなー。間違って落ちたら大変だよ。
それにしてもエリス、この前まで船に弱かったとは思えない。さっきからずっとニコニコしっぱなしなんだもん。
「ほら、上からも見られているよ」
ハッと気づいたエリスは、いつものように涼しい表情になった。
すました方がいいと思っているのかな。このままの方が可愛いのにね。
でも、こういう時には他から見られているよって教えてあげないと、後からすねちゃって大変なんだ。
「ティナ、エリス。おかえりー」
「ただいま」「ただいま戻りました」
上まで引き上げてもらった私たちは、近くにいたクライブに手を貸してもらって甲板に上がる。
「クライブ、ちょっと見ない間に
「ずっと甲板掃除をさせられていたんだ。天気もよかったし、日陰も少なくて大変だったよ」
クライブは初めて会ったときには色白だったけど、この作戦の間にいい感じに灼けて海の男っぽくなったかも。
引き上げてくれた船員さんたちにお礼を言って、クライブと一緒に船長室まで向かう。
コンコン!
「入れ!」
部屋の中ではハンス船長とキースさんが、地図の上に薄い紙を敷いて線を引いていた。帰りの航路でも決めているのかな。
「ハンス船長、ただいま戻りました。またエリスと二人、王都までよろしくお願いします」
「おう、よろしくな。それでおめえさんたち、親父さんたちとゆっくり話せたか」
「はい、私の方もエリスの方もみんな無事でした。これも皆さんのおかげです。ほんとにありがとうございました」
「何言ってんだ。計画立てたのはおめえじゃねえか。俺たちはそれに従ったに過ぎねえ。自分のことを誇りな」
(だって、ありがとうデューク)
(どういたしまして)
「それで、部屋はそのままにしている。出港は準備が出来次第だが、もうそろそろだろう。二人の世話は引き続きクライブに頼むから、何かあったら遠慮なく言ってくれ」
私たち三人は船長室を出て、部屋へと向かった。
「ねえ、ティナ。カチヤではどうだった? 父上は騎士団と一緒に来ていたと思うけど会わなかった?」
「う、うん、エルマー殿下とはご挨拶だけしてきたよ」
「そっか、僕も会いたかったな」
会ったけど、その内容は言えないよ。クライブの結婚相手って……。
よし、話を変えよう。
「クライブは王都に戻ったらどうするの?」
「たぶんこれまで通り、王国のことを勉強しないといけないと思う。今まではそこまで気にする必要なかったんだけど、急に皇太孫になっちゃったから……」
急にか、それは大変だよね。
「お兄さん最近亡くなったんでしょう。寂しいね」
「えっ、兄上は死んでないよ。ただ、ずっと眠っているだけ」
「そうなの。私はてっきり……」
「ティナも最近までずっと眠っていたんでしょ。知らなくても仕方がないよ。兄上もティナと同じように眠ったままなんだ。そして、目覚めないまま今年の春に18才になって、おじいさまがいつまでもこのままではいけないからって、兄上を
知らなかった。
「お兄さんも私と同じように事故に合われたの?」
「いや、原因がわからないんだ。僕が11才の時に『お休みなさい兄上』って言って別れてからずっと眠っている。それからどんなことをしても目を覚ましてくれないんだよ。でも、僕はいつかきっと起き上がって来て、昔のように遊んでくれると思っているんだ」
クライブが11才なら5年前か、
「僕はまだ諦めてないからね。兄上をいつかきっと目覚めさせてみせる。お医者さんだって、科学者だって、祈祷師だって必要なら用意してあげたい。そして、そのために皇太孫になる必要があるのなら、喜んで引き受けるよ。あ、着いちゃった。話していたらあっという間だね。それじゃ、ティナ、エリス。出港時間になったら知らせにくるね」
クライブは、部屋に私たちを残して船長室まで戻っていった。
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