第36話 ふあぁー、よく寝た。

「エリス、大丈夫?」


「ティナ様よりも重いですが、まったく問題ありません」


 船長室を出た私たちは、相変わらず激しく揺れている船内を部屋に向かって歩いている。私がまだ人を抱える事ができないので、エリスが一人でクライブを背負っているのだ。

 しかし、普通ならここまでされたら起きないかな。クライブって結構大物なのかも。全く起きる気配が無いんだよね。もしかしたら、国王になるような人にはこれくらいの図太さが必要だったりして。


「ただこのままだと、この先の階段でエリスさまに待っていただかないといけません。お一人にするのは申し訳ないです」


 ここ数日で、かなり歩いているからいいリハビリになっているんだけど、まだ一人で階段を上り下りするのは無理みたい。特に今は杖を持ってないし、船も揺れているから誰かの手を借りないと下の階層に下りることすらできそうにない。

 階段に座って一段一段下りてもいいんだけど、床が濡れているからそこまでして下りるのもどうかと思うんだよね。


(ねえ、ボクがクライブを運ぼうか?)


 えーと、人や物に触ることのできないデュークが、運ぶってことはクライブの中に入るってことだよね。エリスが大変そうだから、出来るならそうして欲しいけど大丈夫なの?


「デュークがクライブの中に入ろうかって」


「そうしていただくと、私がティナ様を支えることができますので助かりますが、いいのでしょうか?」


 エリスが心配してるのは、王族にこういうことをしていいかということだろうけど、友達付き合いしてって言ったのはクライブだからな。特別扱いをしない方が喜ぶだろう。それに嵐も来ていて緊急事態だし、仕方がないよね。


(デューク、お願いできる)


(わかった)


 私の隣に寄り添っていたデュークの気配が、徐々にエリスに背負われているクライブと一体化してくる。

 一呼吸おいて目を開けたクライブは「エリスちゃん、降りるよ」と言って、エリスの背中からピョンと飛び降りた。


 声は完全にクライブのものだった。ただ、エリスをちゃん付けで呼ぶのは、今のところあいつだけだ。


「デュークなの?」


「うん、そうだよ」


「クライブはどうなったの?」


「うーん、寝ているのかな」


 寝ていたら誰かが体に入ってもわからないものなのか、それともクライブがのんびりしすぎているのか……


「死んでいるわけではないよね……」


「死んでないと思うけど……起こして確かめようか」


 いやいや、起こすのなら最初からデュークに入ってもらう必要はないだろう。


「二人ともそれはあとにして急ぎましょう。いつ大揺れが来るかわかりませんから」


 そうだった、嵐の最中だったよ。今クライブが起きても面倒くさいだけだし、早く部屋に置いて私たちはゆっくりと嵐が過ぎるのを待とう。


「そうだね。まずは部屋に急ごう。デューク、お願い」


「ねえ、ユキちゃん、どこに行ったらいいの?」


 私はエリスと顔を見合わせた。


 クライブの部屋はどこだ?







「それじゃ、デューク。上の段にお願いできるかな」


「わかった」


 デュークがあやつっているクライブは、さっきまで私が寝ていた二段ベッドを上の段に向かって上っている。


 結局クライブの部屋がわからなかったから、とりあえず私たちの部屋で寝かせることにしたのだ。私たちはもう寝るつもりもないしね。

 そして下の段を使わせないのは、私とエリスがベッドに座って話すことができなくなるからで、目の前でぐーすか寝られて鬱陶うっとうしいからというわけでは決してない。


「おやすみー」


 クライブの声でデュークが喋り、そして、いつものように私の隣に戻って来た。


(お疲れ様。大変なこと頼んでごめんね)


(そうでもなかったよ。クライブの中ってものすごく居心地がよかったんだ)


 乗り移るのに相性というものがあるのだろうか。


 上のベッドからはスースーと寝息が聞こえてくる。


 大波でも平気、エリスに抱えられても、デュークに操られても気付かない。ほんとに大物だなこいつは。





「ふあぁー、よく寝た。あれ、ここはどこ? あ、ティナとエリスがいる。おはよう! 今日もよろしくね!」


 呑気のんきなクライブが起きたのは、嵐が収まってしばらくしてからだった。

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