第37話 ティナのところで寝てました!

 私はエリスとクライブと一緒に、あれだけ揺れていたのが嘘のように歩きやすくなった船内を、船長室まで向かっている。


 コンコン!


「船長! ティナとエリスを連れてまいりました!」


「入れ!」


 お、船長さんの声だ。


「失礼します!」


 中にいたのはハンス船長だけだ。キースさんは部屋に戻ったのかな。


「嬢ちゃんたち、嵐に巻き込んでしまって済まなかったな。大丈夫だったか?」


 私とエリスは、いつものように船長さんが用意してくれた椅子に座らせてもらう。


「部屋で静かにしていました」


「そいつは何より。変に動き回ると酔いがひどくなるからな。ところでクライブ。おめえはどこにいたんだ? さっき部屋を見に行かせたら誰もいないって言うし、この部屋を出てからの行方を誰も知らねえ。海に落ちてんじゃねえかって言ってみんなと話していたんだぜ」


 うわ、大事になるところだったよ。


「ティナのところで寝てました!」


「寝てましたっておめえ……まさか! ティナ、エリス大丈夫だったか?」


 一瞬、何のことかと思った。


「い、いえ、何もありませんでした。クライブはさっきまでぐっすりと寝ていましたよ」


「ふぅ、心配させるんじゃねえ。仮にそうなるとしてももう少し先の話だからな」


 また私の預かり知らないところで、物事が動いている気がするけど……


「それよりもクライブ、さっさと甲板に行ってキースに無事だって伝えてこい。まさか、嬢ちゃんたちの部屋にいるとは思ってねえから、捜索隊を出すって言って準備しているからよ」


 うわっ! すでに大事になっていたよ。


 クライブは慌てて船長室を飛び出していった。


「ところで、二人にいい報せがある。さっき騎士団からの鳥が手紙を持ってきた。それによると、男爵夫妻は無事だし町にもほとんど被害はなかったそうだ」


「よかったぁー。エリス、お父さんたちも町も大丈夫だって」


「はい、ティナ様」


 待ちに待った知らせだ。私はエリスと抱き合って喜んだ。


「それでだ。あとちょっとで船を動かすことができる。カチヤまでもうすぐだが、上陸するかい」


 私とエリスは『はい!』と元気よく返事をした。







「それでは船長。行ってまいります」


「おう、明後日の昼頃出発する予定だから、それまで、ゆっくりしてきたらいい」


 私たち二人は、王都に付くまでの間、艦隊の預かりになっているらしい。そのため、このままカチヤの町に帰ることはできないんだって。でも艦隊には、戦闘と嵐による損傷の修理と船員の休養が必要で、二日ほどカチヤの沖合に滞在しないといけないみたい。船の上での仕事がない私たちは、その間は自由に行動していいと言われている。

 だから、エリスと一緒にお父さんとお母さんに会いに行くことにしたのだ。


「ごめんね。僕は降りるわけにはいかないんだ。二人だけで大丈夫かな」


 クライブは王族だから、上陸するためには護衛が必要らしい。でも、町にいる騎士団の人たちにはまだ余裕がなくて、もちろんお付きの人たちもカチヤにはいない。当然このまま陸上に上がることはできないってわけだ。

 それに、みんなに心配をかけた罰で、甲板の掃除を命じられていると言っていた。まあ、私たちが部屋に連れて行ったことで、こういう目に合っているのは可哀そうだけど、あれだけのことをされても全く起きないのが悪いのだから仕方がない。


「心配いらないよ。エリスはそこら辺の男たちより強いんだよ」


「お任せください。ティナ様は私が守ります」


 ね、エリスと一緒なら安心だよ。


「そうなんだ、それじゃ気を付けて行ってきてね」


 私たちを乗せた小舟はカチヤの町に向かって出発した。


 この艦隊の船は大きいので喫水が深いって船長さんが言っていた。そのため、水深が浅いカチヤの港には入港できないから、人や物資を輸送するためには小舟で行き来する必要があるんだって。

 それでも陸地まではそんなに遠くはないので、私たちが乗った小船は10分くらいで港へ着いた。


「ティナ様、お待ちいたしておりました。男爵家までご案内いたします」


 あれ、この人は、


「エリックさん、ご無事で何よりです。よろしくお願いします」


 軍務省で騎士団の担当で来ていた人だ。


「お二人ともこちらにお乗りください」




 私とエリスの二人は、騎士団が用意してくれた馬車に乗って、カペル男爵の屋敷まで向かったんだけど、その途中気が付いた。


「あっ! エリスは実家に帰らなくてよかったの?」


「はい、まずは旦那様にご挨拶しないといけませんから」


 そこまで気にしなくていいと思うけど、もう丘の中腹に近いからここから戻るのも大変だ。


「それじゃ、挨拶がすんだら、お父さんとお母さんのところに行かないとダメだよ」


 うんと頷くエリスの顔にも、嬉しさがにじんでいるのがわかった。

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