第34話 ティナはなんでそんなところに座っているの?
夜になっても砲撃の音は鳴りやまない。
ただ、さっきクライブが、沖合に配置していた待機部隊と合流できたと言ってきたので、数の上ではこちらが有利に進んでいると思う。砲弾の着水による揺れが、かなり減ってきているから間違いないだろう。
しかしここまでが大変だったようだ。相手の軍艦がカチヤに戻ろうとするのに気づいたら、それを阻止しないといけないし、かといって近づきすぎると砲撃が当たってしまう。微妙で繊細な操船を繰り返して、ここまで連れて来ることに成功したと、クライブが来た時に興奮しながら教えてくれた。
風を読んだり、海流を考えたり、自分だけじゃなくて相手の大砲の射程や残弾数まで考えているはずだし、そしてそれを仲間の船にも伝達して……ハンス船長はほんと大変だったと思う。
(艦隊の動きが変わったよ)
外を見に行っていたデュークが教えてくれた。
動きが……どう変わったんだろう?
コンコン!
「どうぞ」
「お腹減ったでしょ。パンを持ってきたよ……って、ティナはなんでそんなところに座っているの?」
しまった、さっきデュークが外を見たいと言ったから壁側に椅子を運んで張り付いていたんだ。
「いや、同じところにばかりいるのも飽きるから」
うわ、エリスが下を向いて肩を震わせているよ。たぶん必死で笑いをこらえているんだと思う。
「それよりも夜は食べられないんじゃなかったの? そう思ってお昼いっぱい食べたんだけど」
キースさんにそう聞いていたから、食べられるだけ食べていたのだ。ただ、夜になってお腹が少し心細くなっていたのは間違いない。
「うん、僕もそうしていたんだけど、さっきカチヤの港を見張っていた連絡艇が来て、カチヤに残っていた敵の艦隊も全部逃げ出していったって報告があったんだ。だから、これからは相手の艦隊を追い出す作戦に移るから、今のうちなら食べられるだろうって」
そうか、カチヤの町は解放されたんだ。
「「よかったー」」
「あはは、二人とも息ぴったりだね。それでどうするの、食べる?」
「「食べる!」」
私はエリスの隣に座って、もう一つあった椅子をテーブル代わりにし、私が座っていた椅子をクライブが使って三人でパンを食べ始める。
「二人とも怖くなかった?」
「怖いというよりちょっとだけ不安だったかな」
「私はティナ様がご一緒だったので平気でした」
確かに隣にいるときは二人でずっと手を握っていたからね、安心感があったのは間違いない。
「クライブの方はどうだったの?」
「聞いて聞いて! もうね、船長がすごくてびっくりしたよ。王宮に来たときには、うだつの上がらないおじさんだと思っていたんだけど、人は見かけによらないね」
ハンス船長は典型的な海の男なんだろうな。
「でもね、船長が言っていたよ。殲滅させる方が簡単なのにティナは難しいことを頼みやがってって」
いくら攻めてきた敵でもやっつけてしまったら、その家族は王国を恨むに決まっている。もし余裕ができたら、すぐにでもまた攻めてくるかもしれない。だから、できるだけ生かして返してあげて、王国に攻め込んでも意味がないぞって教えないといけないって、デュークと話し合って決めたのだ。
「ごめんね、船長に謝っといて。それで、クライブの勉強はできたの?」
「それはまだこれからかな。船長に王都に戻っても色々と教えてもらうように頼んでいるんだ」
クライブの初陣の方もうまくいっているみたい。
ギギギギー、ググググー
ギッギギギギーー、グッグググー
それから数時間後、私たちを乗せた艦隊は教皇国の軍艦をある程度のところまで押し返したあと、追撃はせずにカチヤに向かって急いでいるとクライブから聞いている。
ギギギギー、ググググー
ギッギギギギギーー、グッグッグググー
夜明けまであと少しだと思う。さっきから段々と揺れが激しくなってきていて、木造の船体が
「エリス起きてる? 揺れがきつくなってきたけど大丈夫?」
下のベッドのエリスも、さっきから寝返りを打ってばかりいるので声をかけてみた。
「はい、ティナ様。揺れの方は平気ですよ。どうして最初にあれだけ気分が悪くなったのか不思議でなりません」
エリスが船に弱かったのは精神的なものだったんだろうな。これからもっと揺れがひどくなりそうだけど、心配いらないようだ。
コンコン!
「どうぞ」
エリスが慌ててランプに火を
『眠っていたんだろう。すまんな』と言って入って来たのはハンス船長とクライブだった。
「こいつに聞いていると思うが、船はいまカチヤに向かって進んでいる」
エリスと二人でうなずく。
「気付いていると思うが、波が高くなってきている。つまり嵐が近づいてきている証拠だ。カチヤには朝方には付く予定だったが、嵐の方が先だとそれが通り過ぎるまで動けねえ」
天気に関することだからね、予定通りに行かなくても仕方がないよ。
「それでだ、カチヤではお前さんたちを小舟に乗せて町まで運ぶつもりだったが、そうもいかねえようだ。すまねえが、嵐をやり過ごすまで一緒に付き合って貰えねえか」
「はい、船の中でのことは船長さんにお任せします」
「ありがとな。起こしといてなんだが、もし眠れるようなら少しでも眠っておけよ」
「船長さんたちは?」
「俺たちは数日なら眠らなくても平気だからな。これくらいなんともねえよ。じゃあな」
そう言って、船長さんはクライブを連れて出ていった。
「平気だって言っていたけど、クライブは眠そうだったね」
「はい、あの様子ならどこででも眠れるのではないでしょうか」
「ふふ、そうだね。エリスどうする? もう少し眠っておく?」
「はい、あの顔を見たら眠れそうな気がしてきました」
「私も、それじゃランプお願いね」
ギギギギー、ググググー
ギッギギギギギーー、グッグッグググー
さっきまであれだけ気になっていた木の軋む音が、それが当たり前のように感じられ、そしていつの間にか眠ってしまっていた。
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