第33話 ユキちゃん、そこの壁のところに張り付いてみて

 ドォーン!


 低い音が聞こえ、振動も部屋の中まで響いてくる。


「始まりましたね、ティナ様」


「うん」


 エリスと二人で部屋のベッドに並んで座り、肩を寄せ合っている。

 今の私にできることは、ただ、みんなの無事を祈ることだけ。


 私たちのお世話係のクライブは、ちょっと前に『そろそろ始まるので外には出ないでね』と言って、船長室まで向かって行った。これから戦闘が終わるまでの間、船長さんとキースさんの手伝いをやるんだって。


「ティナ様、よかったらティナ様の子供の頃の話を聞かせてもらえませんか?」


 そう言いながら私の手を握ってきたエリスの手は、少し震えているようだ。


「私の子供の頃って、あっちのことだよね…………いいよ」


 黙っていても不安が募るばかりだ。

 お父さんとお母さんのことは心配だし、町にはまだたくさんの人たちが残っている。エリスにしても、お父さんたちは逃げ足が速いんですよってうそぶいていたけど、心配しているに違いない。

 それなら何か違うことでも話して、気を紛らわしていた方がいいかもしれない。


「小さい頃の私は、美容師さんになりたかったんだ」


「美容師さんですか? それって貴族の位か何かですか?」


「アハハ、私が住んでいた国には貴族なんていないよ。職業の名前で、髪を切ったり整えたりする人たちのことだよ」


「ああ、それでティナ様から髪を触ってもらったら、気持ちがよくなっていたんですね。納得しました」


 小さい頃は本気でなろうと思っていたからね。見よう見まねで勉強していたよ。


「ティナ様。今でも、そのお仕事につきたいとお思いですか?」


「ううん、思って無いよ」


 どうしてだか忘れちゃったけど、美容師になりたかった理由が無くなったんだよね。


「そうですか、よかったです。ティナ様は男爵家の跡を継ぐことになっていますから、心残りがあると苦労することになりますので……」


 心残りも何も、この体で目覚めた後は選択肢なんてなかったからなー。

 コンクリートで作られた溝に落ちて、出られなくなった虫の気分だよ。しかも、後ろからどんどん水が押し寄せてくるから、立ち止まることすらできないの。


 それにしてもよかった、エリスの手の震えも止まったみたい。ほんのちょっとの会話でも気晴らしになったみたいだ。





 ドォーン!

  ドォーン!


 複数の大砲の音が聞こえ、そして、その音から少し遅れて船体も揺れる。

 たぶん、相手の大砲の弾がこの船の近くに着水したんだと思う。


「激しくなってきたね」


 最初の計画では、夕方から夜にかけて教皇国の軍艦にちょっかいを出して沖へと誘い出し、その隙に騎士団の人たちがカチヤに侵入するという予定だったけど、嵐が来ないうちに終わらせる必要が出てきたから、まだ日が高いうちから作戦を開始することになった。だから、敵の陸の部隊の注意を海に引き付けるために、激戦を演じないといけなくなっているのだ。


「外はどうなっているのでしょうか?」


 そうだ、デュークなら見ることができるかもしれない。


(ねえデューク。外がどうなっているか見てきてくれない?)


(外? ちょっと待っていて)


 デュークの気配が部屋の奥に向かって移動して、そのまま壁の向こうに遠ざかって行ったと思ったらすぐに戻って来た。


(ユキちゃん、そこの壁のところに張り付いてみて)


 言われた通り、部屋の奥の壁にピッタリと引っ付く。さっきは外までの距離がちょっと足りなかったのかもしれない。

 エリスはデュークの気配が行ったり来たりしているのがわかったのか、私の奇妙な行動にも何も言わずに見守ってくれている。


(おまたせー、今はこっち側がカチヤで相手の船もいい感じについて来てた)


「こっちがカチヤだって、そして教皇国の船もついて来ているみたい」


「カチヤ……みんな無事ならいいんですけど」


 エリスは部屋の奥の方を見つめながら、手を合わせるような仕草をしている。きっと何もせずにはいられないんだろう。私もお父さんとお母さんのことが心配だ……エリスと一緒に祈りを捧げることにした。

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