第30話 はいエリス、自分の持ってて

 クライブが運んでくれたお湯に、持ってきたタオルをつけて体を拭いていく。


 デュークは外に待機してもらっているので、部屋の中にはエリスと二人だけだ。


「ティナ様、腕を上げてください。それにしても、今日は驚きました。デューク様を受け入れておられましたね」


 受け入れてという言われ方にはちょっと戸惑ってしまうけど、まあそうなるのかな。


「あいつがどうしてもクルを食べたいって言うから仕方なくね。ありがとう、次はエリスだよ。後ろを向いて」


「どんな感じでした?」


「なんか一緒に居るなって思った。嫌な感じではなかったかも。それに声はいつもよりはっきりとわかったかな。はいエリス、自分の持ってて」


 両手で自分のものを抱えているエリスの後ろから手をまわし、汗をかいている所を丹念に拭いていく。きれいにしないと汗疹あせもができちゃうからね。


「そうなのですね。もし私に入ってもらったら、デューク様のお声が直接聞こえるのでしょうか?」


「それはやってみないとわからないけど、大丈夫なの?」


「ええ、それは構わないのですが、一度試してみたいですね。あ、ありがとうございました」


「エリスがそういうのなら、デュークにはあとから頼んでみるとして……」


 改めてデュークの気配を探るとちゃんと外にいるようだ。


「ねえ、エリス。デュークも外にいるようだし下もきれいにしようか」


「そうですね。確かにドアの外におられるようですし、やっちゃいましょう」


 明日もお湯を貰えるかわからないから、できるうちにやっとかないとね。






「ティナ様、お待たせしました」


「ごめんね、返す場所は遠かった?」


「いえ、すぐそこでした」


 体がきれいになったので、お湯を入れていた桶をエリスに返しに行ってもらっていたのだ。


「ありがとう、それでデュークに話したら無茶苦茶乗る気なんだけど、ほんとに大丈夫なの?」


「はい、お願いします」


(やったー!)


 こいつ何を企んでいるんだ。不安でしょうがないよ。


「デューク様、早速お願いできますか」


 エリスはそう言って、二段ベッドの下に座っている私の隣に腰かけた。

 エリスってほんと度胸あるよね。私ならよくわからない他人を体に入れようとは思わないよ。怖くないのかな?


(もういいの?)


(うん、優しくしてやってね)


(わかった)


 私のそばにいたデュークが、次第にエリスに近づいていくのがわかる。そして、それは重なりやがて一つになった……


「どう?」


 エリスは両手を上げて眺めてみたり、足を動かしてみたりして、そして私の方をじっと見てきた。


「ティナ様、デューク様がティナ様をギュッとしたいとおっしゃっているのですが、よろしいですか?」


「ふぇ?」


 えっと、それはエリスの体を介してデュークが私に抱き着くってこと?

 エリスには介助してもらうときに、いつも抱き着いているからいくらでも構わないんだけど、その中身があいつか……


「ちょっと考えさせて」


「一生に一度のお願いだから頼みますだそうです」


 一生もなにもお化けなんだから、一生は終わっていると思うけどな……

 でも、これからカチヤを助けに行くときにこいつの知識は必要だし、これに気を良くしたらもっといい方法を思いついたりしないかな……。ええいっ!


「やさしくしてね……」


『わかった』といったエリスはゆっくりと立ち上がり、私の前でひざまずき、右手を取り軽くキスをする。そして、右手を持ったまま私を立たせ、ギュッと抱きしめてきた。


「ユキちゃん、ずっとこうしたかったよ」


 エリスの声だけど、あいつの言葉が耳元でささやかれる。

 なぜだかわからないけど、私も嬉しくなってエリスの体に手をまわし抱きしめ返してしまった。


 しばらく時間がたった後、エリスからあいつの気配が抜けていくのを感じた。


「ティナ様」


「うん」


 ちょっと名残惜しい気がするけどエリスと離れ、ベッドに二人で腰を掛けた。


「エリス、あいつに変な事されなかった?」


「大丈夫でしたよ。それに思った通りお優しい声でした」


 それならいいんだけど、


(あんたも大丈夫だった?)


 目の前に移動してきたデュークに聞いてみる。


(うん。エリスちゃんが、ボクのやりたいようにさせてくれたから何ともないよ)


 こちらも問題ないようだ。


「ティナ様、よろしいですか?」


「なあに?」


「デューク様は、ティナ様のことをずっとユキちゃんとお呼びでしたが、これはどう言うことでしょうか?」


 そうか、あいつと話すってことはそうなるよね。

 仕方がないので、エリスに私のことを包み隠さず話すことにした。




「それでは、以前のティナ様と今のティナ様が違うということですか?」


「それは分からないんだよね。私にはティナとしての記憶が全くなくて、春川有希の記憶しかないのは確かだけど、こちらで5年間眠っているうちにあちらに行っていたのかも知れないし……。やっぱり昔のティナじゃないかもしれないって嫌だよね」


 仕えていた主人が偽物かもしれないってなったらショックだと思う。エリスは嫌になって私から離れていっちゃうのかな……


「私は眠っているときのティナ様と、起きられてからのティナ様しか知りません。仮に、起きられる前と起きてからのティナ様が違うお方だとしても、私にとっては同じティナ様です。ですから、これからも同じようにお仕えさせていただきたいと思います。ティナ様、春川有希様これからもよろしくお願いいたします」


「ありがとう、エリス」


 一人で抱え込んでいたものを吐き出すことが出来たせいか、私はまたエリスを抱きしめ、そして少しだけ泣いた。


「さあ、ティナ様。今日はお疲れでしょう。ゆっくり休みましょうね」


 こうして怒涛どとうの一日は、船の中で終わりを迎えることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る