第29話 これがクルなんですね!
(カレーかいいなー、ボクも食べたいよ)
二人の様子を目で追っていると、デュークが話しかけてきた。
(こっちではクルだってよ。食べさせてあげられるなら、そうしたいけど……)
カレーと言えば、昔隣に住んでいたお兄ちゃんを思い出すな。うちでカレーをするときには、いつも一緒に居たんだよね。
(ねえ、デューク。匂いは分かるの?)
(ユキちゃんの所で目が覚めてから匂いを感じたのは、カチヤの町でだけだね)
それって、あのチンピラに乗り移った時じゃん。ということは、デュークがわかるのは見ることと聞くこと、つまり視覚と聴覚だけなのかな。
「お待たせしました、ティナ様」
「さっきもエリスに確認したけど、ほんとにこれだけ食べきれるの?」
エリスは、私の目の前に大きなお皿に盛られたクルと幾つかのパンを置いてくれた。
「たぶん大丈夫」
(ほんとに? いっぱい入っているよ)
(大丈夫だと思うよ)
でも、ちょっと不安なんだよね。というのもいつもならカレーと頭で考えて声を出したら、口からはこちらの言葉で発音されているんだけど、今回はカレーのまま発音されていた。もしかしたらカレーとクルは違う食べ物なのかもしれないのだ。
「ねえ、ティナ。まだ食べないの?」
私の正面に座ったクライブは、私が目の前にお皿を置いたまま、じっとしているのを不思議に思ったようだ。クライブはそれを見て、自分だけ食べていいものか迷っているのだろう。
「私はエリスが戻ってくるまで待っているよ、クライブはお先にどうぞ」
「あ、そういうこと。それなら僕も待つよ、一緒の方が楽しいからね」
そうそう、せっかく一緒に食べられるんだからね。
「お待たせしました」
「驚いた、エリスもそんなに食べるんだ。女の子はみんな小食かと思っていたよ」
女の子だって動いたらカロリーを使うからね。今日は二人とも頑張ったんだから、たくさん食べたくなるのも仕方がないよ。
きっと、クライブはこれまで貴族のお嬢様とばかり食事してきたんだろうな。その子たちはお妃候補の人たちだから、それはそれはお淑やかに食べていたと思う。
「それじゃ、食べましょうか。いただきます!」
「「いただきます!」」
恐る恐る、スプーンでクルを
クルが口に入る。舌で、匂いで、クルを味わう……
「おいしい!」
味もカレーだ! まさかこの世界でカレーを食べることができるとは思わなかった。というか、うちで食べていた味に近いかも。さっきカレーと発音したのは、きっとカレーへの気持ちが強すぎたからだ。
「これがクルなんですね!」
「エリスはクルを食べるの初めてなの?」
もぐもぐと食べながら二人で話す。行儀が悪いと怒られそうだけど、入り口で待っている船員さんが見えるから、早く食べてあげないといけないのだ。
「海軍にそういう料理があるのは知っていましたが、見るのは初めてです」
そうなんだ、あまり普及してないのかな。
「この料理はね、うちの兄上が考えて、おじさんが海軍の料理に採用したんだよ。僕も久しぶりに食べたよ」
そうか、亡くなったお兄さんが考えたのか……こういうのって普通思い浮かんで作れるものなのかな?
(あーん、無くなっちゃいそう。ねえ、ユキちゃん。ボクにも味見させてよー)
クルが残り半分になった頃、デュークが半泣き声で頼んできた。
こいつのおかげでカチヤを助けに行けるようになっているんだから、頼みは聞いてやりたいとは思っている。でも、味見をさせるということは……仕方がないか、誰だって美味しいものは食べたいよね。
(ねえ、デューク。他の人の体に入っても乗っ取らないことってできるの?)
(うん、感覚を共有するだけなら簡単にできるよ。それから乗っ取るのが大変なんだ、拒否されるからね)
つまり、入り込むのは簡単にできるけど、それから乗っ取って動かそうとするとデュークもかなり力を消耗するということか。
(じゃあ、私に入って。でも動かそうとは思わないでね)
(いいの! それじゃ、ごめんね……)
すぐ隣にあった気配が段々と近づいてくる。そして、私と重なり……
なんだか変な感じだけど、嫌という気はしないかも。
うわ、隣のエリスが驚いた顔でこっちを見ている。これは後から聞かれるよね。
(いい、私が食べるから、あんたは何もしないでね)
(はーい)
声もいつもよりはっきりとわかるかも。
それから、自分もだけどデュークに食べさせてあげるつもりでクルを食べ続ける。
「すごい、ほんとに二人とも食べちゃったね」
最後のクルをパンで掬って口に放り込む。お屋敷での食事の時は、パンでソースを掬うのは下品って言われているんだけど、ここではみんながそうしているんだよね。いつもは口うるさいエリスだって『郷に入っては郷に従え』ですよと言ってやっているんだから問題ないと思う。
「うん、美味しかったー。満足したよ」
(美味しかったー)
すでに私から離れているデュークも満足しているようで、私の隣でお腹をさすっているような気がする。
「美味しゅうございました。お屋敷でも作りたいし、実家にも教えたいですね」
また食べたいけど、香辛料が手に入るのかな。どうやって手に入れているのかハンス船長に聞いてみよう。
食事が終わった私たちは、待っている人たちのために急いで席を空ける。
「それで、お風呂なんだけど、ごめんね、ここには無いんだ。でも、お湯は貰えるみたいだから後から持ってくるよ」
部屋へ向かう途中、クライブが申し訳なさそうに言ってきた。
まあ、船だからね。真水が大切だから仕方がないと思う。体を拭けるだけでもありがたく思わなくちゃ。
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