第27話 作戦会議中に座る軍人がどこにいる!
船長室は、甲板から一階下の階層の一番奥にあった。
部屋の中には、船長用と思われる机と中央に大きなテーブルがあって、そのテーブルの上には地図が広げられていた。ベッドとかは見当たらないから、ここで寝ているわけではないみたいだ。
「ちょっと待ってくれ、今、椅子を用意するから……」
船長さんは、部屋の端に重ねて置いてあった木製の椅子を二脚とり出し、私とエリスの前に置いて『まあ、掛けな』と勧めてくれた。
「あのー、船長。僕たちのはないのでしょうか?」
「あほか! 作戦会議中に座る軍人がどこにいる!」
キースさんも頷いている。
おー、そういうものなんだ。確かに軍務省でもコンラートさんと私以外のみんなは立っていたな。私は足がまだ弱いし、コンラートさんがおじさんだったからというわけじゃないんだ。
「えーと、ティナ様にエリス殿、俺……わ、私はこの船の船長をしておりますハンス・ヴァイルだ、いや、と申します。こちらにおられるのは参謀のキース。そして、こいつがお二人のお世話をするクライブ。作戦の間よろしく頼む」
三人は私たちに礼をしてくれた。船長以外の二人は、必死で笑いをこらえているみたいだけどね。
「私はティナ・カペル。そしてこちらは、私の世話をしてくれておりますエリス・ゴートです。私たちは航海に慣れておりませんので、ご面倒をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします。それに船長さん、私たちはまだ子供ですよ、普段通りに接してください」
年上の偉い人から敬語で話されても、どうしたらいいかわからないよ。
「そうだよおじさん。慣れない敬語なんて使うから、さっきから噛みまくってるし、使い方もおかしいし、中途半端だったよ」
「だから、船長と呼べと言っとるだろう! って、そんなにおかしかったか?」
みんなで頷いた。
ふふ、普段から船長さんとクライブは仲がいいんだろうな。
「えー、気付いているかもしれんが、死んでしまったクライブの実の母親は俺の妹なんだ。だから、小さい時からよく知っていて、こんな感じで話しかけてくるんだが、こいつが上官に対してため口を聞く、礼儀知らずってわけじゃないってことを分かってやって欲しい」
「はい、お二人が仲良しだというのは分かりました」
「え、あ、まあ……キース、早く状況を説明しろ!」
「あ、はい、それではティナ様こちらをご覧ください」
キースさんはテーブルに乗せられた地図を使って、艦隊の戦力と現在位置、これから向かう場所。それに、現時点で分かっている相手の艦隊の位置を教えてくれた。
……これって、もしかしなくても私に対して説明してくれているんだよね。
「それで、ティナ様。計画はこのまま進めてよろしいでしょうか」
作戦参謀のキースさんが尋ねてくると言うことは、やっぱり、軍師としてこの船に乗せられているんだ。
(ねえ、デューク聞いてた? このままでいいの?)
(えっとね、これを聞いてくれるかな)
私はこの前のように、デュークが言う通りに口を開くことにした。
「陸の部隊との連絡はどうされているのですか?」
そうそう、それは気になる。騎士団の人たちがカチヤの近くに来てからじゃないと、海軍さんは戦闘が始められない。だから着いたかどうか聞かないといけないんだけど、スマホやGPSもないここでどうやって連絡とっているのかな。まさか
「はい、通信用の鳥を数組、それぞれが持っています。目的地に着いたらその鳥を離して到着したことを相手に伝えます」
通信手段は鳥さんなんだ。
聞いたところ、この鳥は番(つがい)同士だと、どんなに離れていても相手の位置を探して飛んでいくらしい。ただ、一度離したらこちらに戻す手段が手渡しだけになるので、片道の通信ということだね。だから、何度か通信できるように鳥も一羽ではなくて、数羽から十数羽連れていくことになっているみたい。
(伝わるのに時間が掛かりそう)
(そうだね。でもそれはこの世界では仕方がないかな。まあ、まったくわからないわけじゃないから何とかなるでしょ。あと、これも聞いて)
引き続き、デュークの質問を声に出す。
「このままだと、私たちの方が先に着くと思うのですが?」
デュークは、陸路だと途中に川があったり山を越えたりしないといけないけど、海だとそういうことがないから、早く着くんじゃないかって心配していた。
「ええ、少し早めに着く予定になっております。ただあの辺りの海流は南から北へ、ここでも西から東へ流れていて、私たちはそれに逆らって進んでいます。それに風も逆風ですので、そこまで早く着くということは無いのですよ」
そうか、海流があるのか。
「その海流の流れと、風を詳しく教えてもらっていいですか?」
船長は地図の上で指を動かし、海流の流れと風の動きを詳しく教えてくれた。
(ユキちゃん、腕だけ貸してもらえないかな)
(腕を?)
(うん、地図の場所を指したいんだけど、誰にも見えないと思うから)
私もぼんやりとしかわからないから、デュークに教えてもらっても正確なところはわからない。
(腕だけよ)
(ごめんね、ちょっとびっくりすると思うけど我慢していて)
そういうと、デュークの気配が私の右腕に重なるような感じがしてきて……そして、勝手に動き出した。うーん、ちょっと奇妙な感じだ。
(動きに合わせてこれも言って)
「えっと、戦闘開始の場所をここに変えてもらってもいいですか?」
「ティナ嬢、ここではすぐに激戦になってしまうのでは?」
「戦闘開始は夕方頃の予定でしたよね」
船長とキースさんが頷く。
戦闘を夕方から仕掛け、夜にかけて敵艦を沖に引き離し、そして
「しばらくすると風が変わるのではないですか?」
「「!」」「?」(?)
船長とキースさんは分かったみたいだけど、私とクライブはよくわかっていない。
ちなみにエリスはさっきからスンとしていて、わかっているのかわかっていないのか、聞いているのかいないのかよくわからない。
「ねえ、どういうことなの?」
よかった、クライブが聞いてくれたよ。思わず自分で話しておいて、何で? って聞くところだったからね。
「クライブ君、風は日中は海から陸地に、夜になると陸から海に流れるんだよ。特にカチヤはすぐ後ろが山になっているからその風も強くてね」
「キース参謀、それは敵もそうではないのですか?」
「うん、だから予定よりも南側から始めるのさ」
「海流?」
「そう、我々は敵を殲滅してもいけないし、もちろん負けてはならない。相手に勝っていると思わせながら逃げないといけないからね。いかに早く動いて相手の動きを制するかが重要なんだよ。そうですよね、ティナ様」
(そ、そうなの?)
(そうそう)
私は黙って頷いた。
だって、喋ったらボロが出そうだったんだもん。
「キースが、嬢ちゃんをどうしても乗せると言った時に正気かと思ったが、無理やり騎士団から奪い取った甲斐があったな」
無理やりって……、もしかしたら騎士団の人と馬車の旅だった可能性もあったんだ。
「はい、軍師殿にお乗りいただいて正解でした。ティナ様、エリス様、今日はありがとうございました。もうしばらくしたら食事の時間となりますので、それまで部屋でお休みください。クライブ、二人をお連れしてくれ!」
「はっ!」
私とエリスはクライブと一緒に船長室を後にした。
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