第26話 見世物小屋の動物になった気分ですね

 コンコン!


「はい」


「ティナ、エリス。船長が呼んでいるから甲板に来て」


 おっと、殿下の声だ。すぐに行くと返事をしてエリスを起こす。


 部屋に鏡が無かったので、お互いに身だしなみを確認して外に出ると、先ほどの赤毛の少年がそこに立っていた。


「あ、殿下。お待ちいただいていたのですね」


「うん、僕にはまだこの船での仕事が無いからね。それと、殿下は止めて欲しいな。今はだたの一兵卒いっぺいそつなんだから、その証拠に誰もついて来ていないでしょう」


 確かに、港で殿下についていた人たちをこの船では見ていない。


「それで、何とお呼びしたらいいんですか?」


 クライブくん? クライブさん?


「同い年なんだからクライブでいいよ。さあ、二人ともいこう!」


 クライブについて甲板まで向かう。


「エリス、さっきは辛そうだったけど、気分はどう?」


「はい、クライブ様。おかげさまでよくなりました」


「元気になったのはよかったけど、様付け……まあ、エリスは仕方がないか。でも、ティナは僕のことをクライブって呼んでくれるでしょ?」


 これはなんて踏み絵ですか?


「さん付けもダメですか?」


「よかったらそれも外してもらうと嬉しいな」


 しょうがないなー。


「わかった。クライブ、これからよろしくね」


 もう、どうなるか知らないけど、本人が望んでいるんだからね。私のせいじゃないからね!


 ご機嫌のクライブと一緒に甲板に行くと、たくさんの屈強な男たちが整列していた。クライブが言うには、操船に必要な人員以外は全員集まっているんだって。


「二人はここに座って待っていて、船長から紹介があるから」


 甲板前方のマストっていうのかな、帆を張るための柱の手前に置いてある救命ボートが備え付けられているところに、二つの椅子が用意されていた。

 椅子もロープで縛られていて揺れて動くことも無いようだし、海に慣れてない私たちに合わせてくれたのかもしれない。


(ユキちゃん、城の人たちと色が違うね)


(軍服の事? うん、白っぽいね。海軍さん専用なのかな)


 私たちの目の前に立っている軍人さんたちが着ている服は、形はお城の衛兵さんが着ているものと似ているんだけど、色だけが違った。全体的に白いのだ。

 そういえば、クライブは衛兵さんと一緒の紺色だな。近衛兵とかはあの色とか決まっているのかも。

 そして形自体も、そんなに仰々しいという感じではなく機能性を重視してるみたいで、無駄なものは省いてスッキリとしているんだよね。動きやすいのかもしれない。


「ねえ、エリス。軍人さんたちの肩のところについているのは何?」


 人によって一本だったり二本だったり、それも色や長さも違ったりで様々だ。


「あれは階級章ですね。職責や位なんかを示しているみたいですよ」


 そうなんだ。見た目でわかっちゃっていいのだろうか。戦場で狙われたりしないのかな。


「それにしても、これは……」


「見世物小屋の動物になった気分ですね」


 目の前の30人くらいの男たちは、全員顔は前のマストの方を見ているんだけど、目がね……チラチラとこっちを見ているのがわかるんだよ。


 好奇の目に触れ、見世物小屋の珍妙な動物になった気分を味わいながら待っていると、肩に赤い三本の階級章つけたおじさんと軍務省にいたキースさんが、私たちの目の前を一礼しながら通り抜け、マストのところで立ち止まった。キースさんの階級章が赤に二本だから、あのおじさんの方が位が上なのかな。


「待たせたな。これから作戦行動に移るわけだが、紹介したい者がいる。まずはキース作戦参謀」


 キースさんがその場で敬礼をしてみんなに答える。


「そして、クライブ・ランベルト」


 並んでいる男たちのところから『はっ!』という声がして、紺色の軍服がチラッと見えたからクライブはたぶんそこにいるのだろう。


「クライブについては皆も知っていると思うが、この作戦中は王族の身分は関係ない。下級兵と同じ扱いだからみんなもそのつもりで、仕事はそこにいるお嬢さんたちの世話係だ。クライブ、粗相そそうのないようにな」


『はっ!』という声がまた聞こえた。

 王族、それも将来の国王様にお世話させるとか、バチが当たらないか心配だよ。


「次に、皆も気になっていると思うがこのお嬢さんたちだ。手前がティナ・カペル男爵代行で奥がその付き人のエリス・ゴート嬢だ。お二方、お立ちいただけますか」


 おじさんの言葉に従って、私とエリスはその場で立ち上がった。


「美しいお嬢様方だからお前たちも気になると思うが、このティナ嬢はこの作戦の立案をした軍師だからな。お前たちが万が一変な事考えていたら、いつのまにか海に浮かんでいたということになっているかもしれん。注意しとけよ!」


 男たちから笑い声が上がる。


 軍師とか言われても、私はデュークの言葉を伝えただけなんだけどね。


(ユキちゃん、軍師様だって)


(どうせすぐにボロが出るから。そうじゃなかったって思われるんじゃないかな)


 その後、この作戦についての説明をキースさんが行い、そしてたぶん私たちのためにしてくれたと思うこの船での注意事項を別の軍人さんが話をして終了となった。


「それでは、各自持ち場に戻るように、解散!」


 全員でピシッと敬礼したかと思うと、予め順番が決まっていたかのように順に去っていく。


「どうしよう、エリス」


「少し待っていた方がいいかもしれませんね」


 大きな船だけど通路は狭いんだよね。体の大きな軍人さんがいなくなってからの方がいいかもしれない。


 ということで、エリスと二人で座って待っていると、クライブが近づいてきた。


「船長がよかったら話をさせてほしいって」


 クライブがそう言って振りむいた先には、赤い三本の階級章をつけたおじさんが立っていた。


 やっぱり船長さんだったんだ。





 話は船長室で行うということで、船長さんとキースさんの後をクライブとエリスと一緒について行っている。


「ねえ、エリス。僕も手伝おうか?」


 今日は歩き過ぎていて少し足がもつれてきているんだよね。だから、船にも慣れて元気になったエリスに手を借りて歩いているんだけど、


「クライブ様、お気遣いありがとうございます。でもお嬢様は年頃ですので、そうやすやすと殿方に触らせるわけにはまいりません!」


「そうだぜ、クライブ。いくらティナ嬢が可愛いからって、事を急いじゃ行けねえな」


「おじさん、別にそういうわけじゃないんだけど……」


「こら! ここじゃ船長と呼べと言っているだろう!」


 もしかして船長さんとクライブ殿下って身内なのかな。

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