第16話 あんたって意外と頭がよかったのね

「お姉さまのお部屋は三階です。ゆっくりでいいので、足元に気を付けてくださいね」


 食事の前に少し休んだらということで、用意してもらっている私たちの部屋に行くために階段を登っているんだけど、フリーデがずっと手を離してくれない。

 妹がいたらこんな感じなのかな。


(ユキちゃんよかったね。仲良くなれるか心配していたもんね)


 そうなんだ。私は昔のティナのことを何も知らない。初めて会う人ならいいのだけど、昔からの知り合いの時はその人とどういう距離感だったのかわからないのだ。フリーデたちのように、記憶がないことを受け入れてくれている人たちなら、すぐに仲良くなれるんだけどね。


「ここが私の部屋。そしてその隣がお姉さまの部屋です!」


 三階の右手一番奥の部屋が私の部屋になるみたい。その手前がフリーデの部屋で、エリスの部屋は階段の逆の方にあるって言っていた。


「ティナお嬢様。お荷物は先に運び入れておりますので、お召し物を着替えてごゆっくりなさってください。お食事の準備が整いましたらお呼びに参ります」


「レオンさん、何から何までありがとうございます」


 改めて見てもかっこいいよね。外国の映画に出てくる主役さんたちでも、ここまで完璧な人はいないんじゃないかな。


(ユキちゃん!)


 おっと、また見とれてしまっていたよ。にっこりと笑う顔がいろいろと破壊的なんだもん。


「ティナお姉さまもレオンの事を好きになっちゃたの? 私のお友達もみんなそうなるんだよ」


 ほぉー、こちらでも美的感覚は同じなのかな。ただ、私は好きにはなってないから、フリーデがみんなというのは言い過ぎだろう。


「フリーデお嬢様。私は未だ至らぬ身、浮かれているわけにはまいりません」


「そうはいっても、セバスチャンみたいにはなかなかなれないよ。待っていたら一生恋なんてできなくなるよ」


 一生かかるって……


「あのー、セバスチャンさんというのはどなたでしょうか?」


 さっき、コンラートさんがセバスと言っていた人と同じ人だよね。


「セバスチャンはこの家の執事長で、レオンのお父さんなの」


「はい、父は食事の時にティナお嬢様にご挨拶申し上げると思います」


 へぇー、レオンさんのお父さんなんだ。どんな人かな。


「ティナ様、そろそろお部屋に」


「さあ、フリーデお嬢様も。ティナ様を休ませてあげてください」


「うん、ティナお姉さま。また後でね」


 フリーデとレオンさんを見送り、エリスと二人で私の部屋へと入る。


「うわー、やっぱりカチヤのお屋敷より広いね」


「はい、調度品もいいものが揃えられているようですよ」


 部屋の壁側に、貴族のお屋敷では定番の天蓋付きのベッドが備え付けられているのは当然で、ここにはカチヤの家にはなかったソファーにテーブル、いわゆる応接セットも部屋の中に用意されていた。


「ここは勉強するにはゆったりしすぎだな……」


 ソファーはふかふかだし、テーブルまで遠い。たぶんすぐに寝てしまうだろう。


「ティナ様、あちらに」


「お、机もあるね」


 でも、しばらくは勉強どころじゃない。カチヤを取り戻してお父さんとお母さんを助けるのが先だ。


「ところで、先ほどのはデューク様ですか?」


「あの、カチヤを開放する手段だよね。そう、あいつが言う通りに喋ったの」


「驚きました。デューク様は本当にこの国の守り神様かもしれませんね」


(えへへー、そうかも)


(何がそうかもだよ。そういう時は、そんなことありませんよって謙遜しなきゃ)


(はーい)


「ねえ、エリス。あいつが調子に乗るからあまり褒めないでね」


「お世辞でも何でもないですよ、正直にそう思っただけです」


 喋りながらもエリスは私の荷物を解いて、食事の時に着ていく服を用意してくれている。


「ねえ、エリス。ここはもういいから、自分の部屋を片付けておいでよ」


 もうだいぶん動けるようになったんだから、できることは自分でやらないといけないと思うんだ。


「わかりました。それではこちらを片付けてから行かせてもらいますね」


 そう言うとエリスは、外出用の服を衣装箱から出して、しわにならないように手早く片付けていく。


「ねえ、エリス。王様の前に出るときには何を気をつけたらいいの?」


 私もエリスに習って、服をハンガーにかけながら尋ねてみる。


「そうですね。私も詳しくはわからないのですが、勝手に話すのは差し控えたほうがいいかもしれませんね。……それよりも服は何を用意したらいいのでしょうか?」


 私からハンガーにかかった服を受け取りながら、エリスが答える。

 なんでも知っているかと思っていたけど、エリスにもわからないことがあるんだね。


「あとからレオンさんに聞いてみよう」


「そうですね。間違いがあっては困りますから」


(えー、あいつに聞くのー)


(それじゃ、デュークはわかるの?)


(わかんない)


(それなら仕方がないじゃない)


 デュークが何に張り合っているのかわからないけど、王様の前で失礼をしてカチヤの町を助けられなかったら大変だ。


「それでは、少し部屋に行かせてもらいます」


 結局エリスは、服をクローゼットに全部しまい込むまで手伝いをやめなかった。


「うん、少しと言わずゆっくりといいよ」


 エリスは一礼をして部屋を出ていった。


(あんたって意外と頭がよかったのね)


 ふかふかのソファーの座り心地を試しながら、デュークと話をすることにした。打合せしておかないとこの先ボロが出そうなのだ。


(何が?)


(何がって、さっきコンラートさんに話したことよ)


(あれね。あれは昔見た本に書いてあったことを真似てみただけだよ)


 へぇー、真似であれだけの計画を立てられるとか、こいつってやっぱり凄いやつなのかもしれない。でも、本を読んでって言っているけど、目覚めてからそういう本を見た記憶がない。


(その本は地球で読んだの?)


(地球なのかな、目が覚める前に読んでいたと思う)


 読んだ本の内容は覚えていて、自分のことは忘れている。もう、何ヶ月か一緒にいるけど、こいつのことわからないことだらけだな。


 いけない、残った荷物を片付けなきゃ。自分でできることは自分でやりたいよね。

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