第11話 お父さん! お母さん!
コンコン!
「ティナ、私だ。入っても構わないかい?」
よかった、ハーゲンさんの声だ。
「はい。旦那様、すぐに参ります」
エリスのお願いしてドアを開けてもらう。
「すまないね、エリス。それでティナ、準備をしていると聞いたがいつ出発できる?」
ハーゲンさんは平静を装っているように見えるけど、いつもきれいにしている服は土ぼこりで汚れていて、顔にも疲れが
「旦那様、もう少しで終わります」
エリスは自分の用意を済ませた後、私の荷づくりを手伝ってくれているのだ。
「あの、ハーゲンさん。町の様子をお聞きしてもいいでしょうか?」
私もエリスに出してもらった衣服を鞄に詰めながら、気になることを聞いてみる。
「ああ、町に設置してあった大砲が全部使えなくされていてな。軍艦の接近を止めることができなかった。でも、心配はいらないよ、ティナ。相手が小舟で接岸を試みているのを騎士団を中心に、町のみんなに手伝ってもらいながら押し返しているからな。なあに、すぐにでもやつらは引き返すさ」
軍艦が引き返すのなら、私の王都への移動もしなくていいはずだ。それに町の人たちに手伝ってもらわないといけない状況なら、かなり分が悪いんじゃないかと思う。
「ねえ、エリス。大砲を壊したのはあの男たちがやったのかな」
「そうですね。この土地の人間ではなかったようですし、可能性はあります」
「二人ともどういうことか聞かせてくれるか?」
私とエリスは作業を続けながら、あの時起こったことをハーゲンさんに話した。
「お前たちが無事で何よりだが……そうか、工作員が入り込んでいたのか。そいつらを手引きした奴がいるのかもしれんが、詮索はあいつらを追い返してからだな」
「ティナ様、よろしいですか……はい、旦那様。準備が整いました」
「よし、馬車の準備はできている。エリス、ティナを頼むぞ」
「お任せください」
御者のおじさんと一緒に、私とエリスの荷物を馬車に積み込んでいると、ハーゲンさんとアメリーさんが揃ってやってきた。
「ティナよ、これから行ってもらうのは王都にあるウェリス侯爵様のお屋敷だ。先に早馬を出してあるし、侯爵様は私たちの支援者だから安心して行ってくるがいい」
ハーゲンさんは汚れた服を着替え、髪も整えてきていた。
「そうよ、あちらにはカミラ姉さまがいるから心配はいらないわ」
アメリーさんは動きやすそうな服に着替えている。もしかしたらこれから町に向かうのかもしれない。
ウェリス侯爵家は元々来月には向かう予定だったところだ。この二人が勧めてくれるところだから心配はしていないけど……
「私……私、離れたくありません!」
やっと……、やっと、この家での生活に慣れてきたと思ったのに……
「ティナ、そう言わないでくれ、私だってようやく目覚めてくれた娘を遠くにやるのは辛いんだ」
「でも……」
二人を身近に感じるようになっていたのに、どうして……
「ティナ、私が言ったでしょう。すぐに会いに行きますから、あちらで私たちが来るのを待っていてね」
「はい…………」
(ユキちゃん、このまま別れていいの?)
あいつの言葉を聞いた瞬間、のどに詰まっていたものが、スッと消えていくのを感じた。
「お父さん! お母さん!」
「ティ、ティナ!」「ティナ……」
二人は私をギュッと抱きしめてくれた。
起きてからの記憶しかないけど、短い間だったけど、二人は間違いなく私のお父さんとお母さんだった。それは、これからもきっと変わらない。
どれくらい時間がたっただろう。もしかしたらほんの少しの時間だったのかもしれない。でも、確かにその時間、私は二人の娘になっていた。
やがて、お父さんが体を離し、お母さんもそれに
「さあ、ティナ。暗くなる前にお行き」
「エリス頼みましたよ」
「畏まりました、旦那様。奥様」
「お父さん、お母さん。行ってきます!」
馬車は私とエリスを乗せ、静かに動きだした。
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