第10話 ちっ! なんということだ
「ちっ! なんということだ。エリスはティナを連れて屋敷へ! 他の者はついて来い!」
ハーゲンさんはそういうと、数人の供の人と一緒に馬に乗って町へと向かって行った。
「エリス……町が」
船から放たれた砲弾が町に命中し、そのあたりでは煙が上がっている。ここからでは遠すぎて、いったいどれくらいの被害がでているのか知ることはできない。
「ティナ様、ここは海から見られているかもしれません。早く屋敷に戻りましょう」
「でも、でも、町の人たちはどうなるの?」
「私たちがここに居ても何も変わりません。屋敷に帰って、旦那様が戻られるのを待つべきです」
(そうだよユキちゃん。ボクたちが行ってもおじさんの邪魔になるだけだよ。家で帰りを待っていようよ)
「……わかった。戻ろう」
満足に歩くこともできない今の私では、足手まといにしかならない。それなら、エリスやあいつの言う通り安全な屋敷の中にいて、ハーゲンさんに余分な心配をかけない方がいいに決まっている。
屋敷につくと、アメリ―さんが馬車のそばまで走ってきて私たちを出迎えてくれた。
「ティナ! 無事でよかった。大きな音がしたから心配したのよ!」
「アメリ―さん。ご心配かけてすみませんでした」
「いえ、あなたのせいではないわ。それよりも何があったのかわかる?」
「はい、それは私からお話しますので、まずは中に」
「そうね、エリスのいう通り屋敷に入りましょう」
食堂に集まった私たちは、アメリ―さんに事の次第を話す。
「あれは、教皇国の大砲の音だったのね……」
「はい、旦那様はそれを見て町に行かれました」
「町の人たちが心配だけど、あの人が行ってくれたのなら私はここにいた方がいいわね」
「戦争になるのかな……」
昨日まで平和だったのに、こんなにも一瞬で崩れ去ってしまうものなんだろうか。
「ティナ。教皇国相手では、やられて負けましたって言うわけにはいかないのよ」
エリスは、教皇国がエリギル教以外の宗教を認めることは無いと言っていた。つまり負けを認めるということは、エリギル教に改宗しないといけなくなる。
この国は宗教に関しては寛容で、エルギル教も含めてどの教えを信仰しても構わないんだけど、王国の西の端でエリギル教皇国に一番近いこの町には、エルギル教に改宗したくないという理由で、ルキウス大陸から逃れてきた人も多くて、一筋縄では行かないらしい。
「それでは、みんな死んでしまうまで戦うんですか?」
「教皇国が何を目的に来ているか次第だけど、そこまで長く戦闘が続くとは思えないのよね。それに、王都にも知らせが行っているのでしょう? エリス」
「はい。こういう時には、私たちの仲間がすぐに伝令を出すことになっています」
「だったら、しばらく持ちこたえたら王国の軍艦も来るはずよ。今は戦力差があるかもしれないけど、相手も補給なしに戦えるはずはないわ」
それにこの男爵領には精鋭の騎士団がいるらしい。相手の軍艦も補給のために港を押さえようとするはずだけど、この騎士団がいる限り港を奪われることは無いだろうとアメリ―さんは言っていた。
「でも、相手の軍艦が十隻以上いましたよ。一気にきたら大変なんじゃないですか?」
「そのためにこちらでも大砲を用意してあるの。射程内にはなかなか近づけないはずよ」
そうか、大砲があるのなら安心だね。
(ねえ、ユキちゃん。その大砲って小さいのかな。音がぜんぜんしないよ)
そういえば、最初の一発を聞いた後、大砲の音は聞いていない気がする。
「アメリーさん、その大砲の音はここまでは聞こえないんですか?」
アメリーさんとエリスは互いに顔を見合わせている。
「……エリス、ちょっと外にいる使用人に音が聞こえたか聞いて来てちょうだい」
「畏まりました、奥様」
エリスは急いで部屋を出ていった。
「ティナ、すぐにでも王都に行ってもらわないといけないかもしれないわ」
「えっ! その時はアメリ―さんも一緒ですよね」
「いえ、私とあの人はここで領主の務めを果たさなければなりません」
「それだったら私も!」
アメリ―さんは私を優しく抱きしめ、そして、
「私の大切なティナ。あなたは私たちの希望なの、万一の時は……いえ、先に王都へ行って私たちが来るのを待っていてちょうだいね」
「……」
自分が何もできないことが悔しくて……涙が
「お、奥様、よろしいでしょうか」
走ってきたのだろう。エリスは、髪を振り乱し、いつもと違って息を切らしている。
「どうだった?」
「はい、みんな大砲の音を聞いたのは、一度だけだと言っていました」
「そう……。悪いけどエリス、急いでティナと王都に行く準備をしてもらえるかしら」
「わかりました……でも、よろしいのですか?」
「ティナ、いいわね」
「はい……」
涙がまだ止まらない私は、そう返事するしかなかった。
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