第9話 チャラ? 何ですか? ああ、あいつらですか……

 カミルさんに食事のお礼を言って、急いでエリスと一緒に屋敷の馬車が待っている場所まで向かっている。


 街は騒然としていて、エリスと手を繋いでいないと見失ってしまいそうだ。


「よかった。ティナ様、馬車は無事のようです」


 馬車は私たちが降りた場所にそのまま留まっていて、こちらに気付いた御者のおじさんが手を振ってくれた。


 エリスが、もし戦争をする気なら前もって工作員が入り込んでいるはずだから、男爵家の馬車は壊されているかもしれないって言っていたのだ。


「もしかしたら、あのチャラ男たちが工作員だったのかもね」


「チャラ? 何ですか? ああ、あいつらですか……まあ、その可能性はありますが、仕事の前に女の子と遊ぼうだなんてやる気が感じられませんね」


 それもそうか……でも、仕事が終わっていて、気が緩んでいたということは無いのかな。


 御者のおじさんは私たちが乗り込むのを確認して、慌てて馬車を出発させる。


「軍艦って、いったいどこの?」


 少し落ち着いたのでエリスに聞いてみる。


「遠目で見ましたが、あれはエルギル教皇国のものですね」


 教皇国と言えば海を越えた西の大陸にあって、エルギル教の宗教指導者が国を治めていたはずだ。確か周りの国と戦争をしていたと思っていたけど。


「私たちとも戦争をしに来たのかな……」


「最近あの国では新しい軍略を用いる将軍がいるらしくて、このところ連戦連勝だと聞いたことがあります。もしかしたら、あちらでの戦争に目途がついたのかもしれませんね」


 戦争に勝ちそうだからすぐにこっちにくるとか、どれだけ血の気が多いんだろう。


「教皇国って、あっちこっちに戦争を吹っかけているの?」


「あの国は、異教徒をエルギル教に変えることを目的としてますからね」


 なるほど。ただ、侵略するというわけでもないみたいだ。


 馬車は森の中の屋敷へと続く坂道を、出せる限りの速度で登っている。


「ティナ様、舌をかまないように気を付けてくださいね」


「うん、わかった」


 確かに、行きの時よりは揺れが激しい。シートがいいものだから体に影響はないけど、エリスが言うところの普通の馬車だったら大変だったかもしれない。


「お嬢様。旦那様が」


 しばらく進んだ後、馬車の前方の窓が開き御者のおじさんが知らせてきた。


 エリスが横の窓から前方を確認する。


「ティナ様、先ほどの海が見えるところに旦那様がおられるようです」


「止めてもらえることってできるかな」


「畏まりました」


 そういうと、エリスは前の窓から御者のおじさんと話し、やがて馬車は止まった。


「ハーゲンさん!」


 エリスと一緒に馬車を降り、ハーゲンさんに駆け寄る。


「おお、ティナよ。無事だったか。アメリーが、エリスがついているから待っていたらいいというので迎えを出さなかったんだが、心配したんだぞ」


「ごめんなさい。私も何が何だか……それでどうなっているのですか」


「あれを見てみるがいい」


 ハーゲンさんが指さす海の上には、十数隻の船が浮かんでいた。


「大きい……」


「ああ、あれは教皇国の最新型じゃないかと思っとるんだが、エリスどうだ?」


「はい、旦那様。確かに報せに来ていた最新型に見えます」


「あのー、すぐに戦争が始まるのでしょうか?」


 平和な国日本で生まれ育った私が、ある日、目が覚めたら突然違う世界の人間になっていて、すぐに戦争に巻き込まれる。なんか私、悪いことでもしていたのかな……


「ティナ、心配しなくても、こういう場合はまずは使者を送ってくるはずだから、いきなり大砲を撃ってはこないはずさ」


「だ、旦那様!」


 お付きの人が指さした先では船から大きな白煙が上がり、そして遅れて音がやって来た。


 ドォォーン!


 それは平穏に過ごせるはずだったティナの運命を、劇的に変えるのに十分な一発だった。

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