第8話 エリスの家って忍者?

「ここです! ここが私の家です!」


 あんなことがあったので、海に行くのは後回しにして、少し早いけどお昼を食べようということになった。そして、エリスに連れられて来たのは、その路地からほど近いエリスの実家だという食堂だ。


「エリスの家って、情報を扱っていたんじゃなかったっけ?」


「そうですよ。普段は食堂をしていて、依頼に応じてそちらの仕事もしていますね」


 もしかしたら食堂をやっているのは、人が集まっても怪しまれないってことなのかな。それにしても依頼に応じてって……さっきのエリスの鮮やかな技とか見たら、日本のあの職業を思い出してしまう。


「エリスの家って忍者?」


「忍者って何ですか?」


「い、いや、気にしないで」


(忍者って、ユキちゃん好きだったよね)


 確かに好きだったけど、みんなに言いふらしていたわけでもないし……それをこいつが知っているってことは……うーん、わからない。いったい誰なんだ。


「さあ、入ってください!」


 エリスにうながされて入った店内は、丸いテーブル席が4~5席とカウンター席が数席あるだけの、いたって普通の街の食堂といった感じだった。


「いらっしゃーい。って、エリスじゃねえか。ということは、そのお嬢さんが」


「うん、ティナ様。それでお父さん、二人で話がしたいんだけど」


「お、そうか。今日は奥の部屋が空いているぞ」


「ありがとう!」


 エリス店の奥にある扉を開け、私を招き入れる。

 部屋の中はいたって普通の個室という感じなんだけど、窓のカーテンは閉められていて薄暗かった。


「窓の外は見ることができるの?」


「あ、暗いですよね。すぐあかりをつけます。ここの窓は、緊急の時以外は開けないことになっているんですよ」


 中に誰がいるのか、外からわからないようにするためかな。いよいよと裏の世界な感じがしてきたぞ。


 灯が付いた室内には、入ってきたところ以外に出入口はなく、その代わり反対側の壁際には飾り棚が備え付けられてあった。

 忍者屋敷だと、この棚が動いて別の入り口が出てくるんだよね。


「この棚って動いたりして」


 案内された席に付かずに、呟きながら棚を触っていると


「そうじゃないですよ。ここをこうして……」


 エリスが棚の中に飾られたお皿をずらすと、その先に小さな取っ手が隠れていた。エリスはそれをガタンと下げる。すると、さっきはどうやっても動かなかった棚が、するすると動き出し、なんとその先には、人が通れるくらいの入り口が現れたではないか!


「すごい! 追手が来たらここから逃げるんだね」


「あはは、ティナ様。確かに外には出られますが、そんなにたいそうなものではありませんよ。この先は倉庫になっていて、厨房ともつながっています。先代のおじいちゃんが面白がって作ったみたいです」


 そうなんだ、確かにこういうのがあるだけでワクワクするよね。


(ボク、ちょっと見てくる!)


 あいつの気配が壁の先に消えていって、そして


(倉庫があった! そしてドアが見えたけど、そこから先には行けなかった)


 私から5メートルぐらいしか離れられないらしいから、距離が足らなかったんだろう。


「ティナ様、食事の用意をしてきますのでお座りください。そして、そのあとお話しましょう」


 燭台しょくだいともされたテーブルに座り、エリスを待つ。


(あんた、エリスと話をしたことがあったの?)


(ううん、今日初めて話しかけられたよ)


 どう言うことだろう。後ろから来ている二人をけん制するために、適当に言ったことなんだろうか?





 しばらくすると、エリスとさっきお父さんと呼んでいた男性が料理を運んできた。


「初めまして、ティナお嬢様。カミル・ゴートです。いつもエリスがお世話になっております」


「初めましてカミルさん。ティナ・カペルです。エリスが居てくれるから本当に助かっています」


 カミルさんはガタイも大きいし結構厳つい感じで、本当にエリスのお父さんなのって思うけど、よく見たら目元がそっくりで可愛らしいかも。


(ユキちゃん、顔が……)


 おっと、いけない。ニヤニヤしていたかも。


「お父さん挨拶はまた後で、料理が冷めちゃうよ。早く並べようよ」


「おー、すまないね。それではティナ様、前を失礼しますよ」


 カミルさんは手早く料理をテーブルの上に並べ終えると、『ティナお嬢様、ごゆっくりどうぞ』と言って、戻っていった。


 テーブルの上の小さな器には様々な料理が入れられていて、見た目でも楽しませてくれる。


「私も一緒で本当にいいんですか?」


「何言ってんの! 今日はやっとエリスと一緒に食べられるって、楽しみにしていたんだからね」


 目覚めて最初の頃は、エリスに食べさせてもらっていたけど、あれは一緒とは言わないだろう。それに動けるようになってからはハーゲンさん、アメリ―さんと食事をしていたので、エリスと一緒に食べたことは無かった。

 一緒に食べた方が美味しいのに、使用人は一緒に食べたらダメとか、貴族は面倒くさくてたまらないよ。


「私も楽しみにしていました。でも、さっきはごめんなさい。私がうっかりとあんなところに連れて行ったばかりに、危険な目に合わせちゃって」


「うふふ、面白いものを見せてもらったから構わないんだけど、聞きたいことが……でも、先に食べちゃいましょうか。おいしそうで、今にもお腹が鳴りだしそう」


 目の前に並んでいる料理は、量は少ないけど手が込んでいて、どんな味がするのか興味がわくものばかりだ。


「はい! お父さんにティナ様の好きそうなものを頼んでおきました!」


 その気持ちが嬉しいよ。


「それでは、いただきましょうか」


 今日はのんびりできるから、ゆっくり食べてから話しても遅くはないよね。





「ふぅー、美味しかったー」


「お口に合ってよかったです!」


 エリスの実家で出された料理は、私好みに少し濃い目の味付けがしてあった。屋敷で食べる料理の味が物足りないって言ったことがあるから、きっと、エリスがお父さんに伝えてくれたんだろう。


「お腹いっぱいだよ」


「無理されなくてもよかったのに」


 だって、せっかく作ってくれたものだからね。残すなんてもったいないことはできないよ。


「それで今日のことなんだけど、この町って治安があまりよくないの?」


「いえ、普段は女の子が一人で歩いても大丈夫なんですけど……。それにこの町に住む男たちなら、私に向かって来ようと思うはずはないんですが……」


 それって、エリスの顔を見たら逃げるってことだろうか……あの腕前にしても、エリスの話を聞くのもなかなか面白いかもしれない。でも先に、


「ねえ、エリス。あの時に私の守り神って言っていたけど、どうしてそう思ったの?」


「そうですね、ティナ様が目覚められた頃から何かの気配をそばに感じていたんですけど、はっきりとはわかりませんでした。でも最近では誰かがずっとティナ様の近くにいて、見守っているなという感じがしています」


「そうなんだ」


「ええ、でも、それがティナ様に危害を加えるようなら、全力で排除していましたけどね」


 隣のあいつがブルっと震えているような気がする。


「ふふふ、守り神様、そんなに怯えないでもいいですよ。本当に今日はありがとうございました。おかげで、前の敵に集中できました」


 エリスは本当に気配がわかるみたいだ。


(エリスがありがとうってよ)


(どういたしまして。ボクって役に立つでしょう。もっと褒めてくれてもいいよ)


(調子に乗りすぎ!)


「エリスはその守り神と話すことはできないんだよね」


「はい。あの時は、もし伝わらなくても全員を倒せる自信はありましたが、後ろの二人がティナ様を怖がらせる可能性がありました。念のために守り神様にもお願いしてみたら、本当に倒してもらえてびっくりしています。それで、ティナ様は守り神様と話せるんですか?」


「うん、一応ね。今は褒められて浮かれているよ」


(浮かれてなんかないよ。その証拠にずっと外の気配を探っているからね。誰かがやってくるみたいだよ)


「えっ、そうなの! あのねエリス、あいつが言うんだけど、誰かがここにやってくるって。倒した奴らかな」


「……確かに外の気配がおかしいですね。しばらく動けないはずですから、あの男たちではないと思いますけど……ちょっと待ってくださいね」


 エリスはカーテンを少しずらし、窓から外の様子を探る。


「これは……」


「どうしたの?」


「ティナ様、すぐにお屋敷に帰った方がいいかもしれません。どうも雲行きが怪しいです」


 その時、バンッとドアが開き、カミルさんが飛び込んできた。


「大変だ! 海に軍艦がたくさん来ている!」

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