第7話 ティナ様、私が迂闊でした

「ティナ様、大丈夫ですか?」


「うん、平気。上から見た時も思ったけど、ほんときれいな街だね」


 カチヤに到着して馬車を降りた私は、エリスに手を引かれながら、初めての異世界探索を楽しんでいる。

 街のほとんどの建物は白い石で作られていて、青い屋根とのコントラストが美しい。まるで映画のセットのようだ。


(あ、ユキちゃん。そこ危ないよ)


 ほんとだ、小さな板切れが落ちていた。最近ではあいつが指さす方が、なんとなくだけどわかるようになってきたんだよね。


「あ、ティナ様、そこ、お気を付けください」


「うん、わかった」


(エリスちゃんより、ボクのほうが先に見つけたのに!)


(どっちだっていいじゃない。でも、助かったよ。ありがとう)


 このお化けさんとは三か月くらい一緒にいるけど、私に悪いことを何もしない。むしろ危ないときには、触れないからこんなふうに教えてくれたりする。……一体何者なんだろう?


「ティナ様、お昼までもう少しありますが、どこか行きたいところはありませんか?」


 まだちょっとしか歩いてないけど、海辺の港町だからかどこを見ても活気があるんだよね。


「うーん、どこに行っても楽しそうだけど、せっかくだから海を見たいかな」


 ずっと家の中にいたから、解放感を味わうには海が一番な気がするよ。


「それではご案内します。こちらについて来てください」


 エリスに手を引かれ、海に向かって歩いていく。途中、近道をしていいですかと聞かれ、エリスの好きにしていいよと答えた後、入った細路地で事件は起こった。




(ねえ、なんか来たよ)


 デュークが言う通り、前方から人影が現れた。


「姉ちゃんたち、俺ら退屈してんだけど、よかったら付き合ってくれねえか?」


 あちゃー、これはいわゆるナンパというやつだろうか。チャラ男っぽい感じの若い男三人が話しかけてきた。

 地球ではこんな経験はなかったんだけど、やっぱり私たちが二人で並んでいるのがいけないのかな。可愛いって罪だよね。


「ティナ様、私が迂闊うかつでした。ティナ様と一緒に歩く喜びに浮かれてしまって……今すぐこいつらを排除しますね」


 まあ当然、断るよね。私もナンパされるにしても相手を選ぶよ。


「なあ、こそこそ話してないで相手してくれよー。暇なんだからさ」


 私の足がまともに動くのなら、逃げることもできたんだろうけど、杖をついてじゃさすがに難しい。アメリ―さんもエリスがいたら大丈夫だって言っていたから、ここは頼ってみますか。


「エリス。それで、排除ってどうやるの?」


「まあ、見ていてください」


(ユキちゃん、僕も頑張るね)


 エリスが自信たっぷりなのはいいとして、あいつの方はどう頑張るつもりなんだろうか。人や物に触ることができないはずなのに……


 前方から近づいてくる三人の男たち。エリスはそちらに向かって進んでいき、そして、


「お嬢様の守り神様、後ろの二人を抑えておいてください!」


「!」


(うん、わかった!)


 振り向くと、後ろからニヤニヤとだらしない顔をした男が二人近づいて来ていた。

 全く気付かなかったよ。というか、守り神様ってあいつのことだよね。エリスはいつから気付いていたんだ?

 それよりも、あいつはどうやって後ろの二人を抑えるつもりなの?


 っと、まずは前だ。あいつの事よりエリスが心配。


 エリスは……前の三人との間合いを測っているのかな。少しずつ距離をつめているみたい。


「なあなあ、抵抗なんてやめて俺たちと遊ぼうぜ。このままだと、ケガしちゃうよ」

「二人かー、五人相手は大変なんじゃねえの?」

「心配いらないって。すぐにそんなのどうでもよくなるくらい、いっぱい可愛がってやればいいんだよ」

「違いねえ」


 相手の男たちは、負ける気なんてないよー。


 これって、普通にピンチだよね。アメリーさんには悪いけど、たとえエリスが武術の達人だとしても、私が足手まといだから助かる未来が思い浮かばない……


「おい、お前、いきなり何をするんだ!」


 すぐ後ろから男の声が聞こえてきた。振り向くと私のすぐ近くにいる一人が、なぜが仲間であるはずのもう一人を殴っている。そして、どうも殴っている方からあいつの気配がする……もしかして乗り移ったの?


「あうぅ」


 今度はエリスの方から男のうめき声が聞こえた。振り向くと、すでに二人が倒れていて、残った一人もエリスの掌底しょうていをまともに受けている。あれだと脳が揺さぶられて、しばらくは動くことはできないだろう。

 しかし、掌底打ちってあんなにきれいに入るもんなんだね。地球では格闘技が好きだったからテレビでよく見ていたけど、あんなの初めてだ。エリスはほんとに武術の達人なのかもしれない。


 おっと、あいつの方は……


 後ろでは、さっき殴りつけていた方だけが立っていて、そいつも今まさに自分のパンチであごをかすめるように殴っている。そして、その瞬間あいつの気配がその男から離れたのがわかった。


(おまたせー)


 その男はドサッという音を立てて倒れたんだけど、あいつはうまく抜けれたみたいだ。気配からはダメージがあるようには思えない。


「ティナ様、お怪我はありませんでしたか?」


「いや、ケガはなかったけど、いろいろと聞きたいことはあるかな」


「わかりました。でも、まずはここから離れましょう」


 エリスの手を借り、急いで表通りに出ることにした。

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