右手の青と左手の赤
桃丞優綰
第1話
右手の手の平
灯る青
ひらひらひらひら
花びら舞って
あの日の夢を思い出す
何でもない日常の、何でもない会社のオフィス。こんにちはと君が言って、その瞬間に花びら舞った。僕は目を丸くして。へらへらへらへらこんにちは。
「高彦さん、いつも頑張ってますね」
君の声は川のせせらぎ。心にすーっと入り込む。渓流下りは気分爽快。
「下村さんはいつも綺麗ですね」
飛び跳ね回る僕の兎は、あっちにドクンとこっちにトクンと。跳ねては跳ねて、壁にぶつかる。ドクントクンコツン。ひっくり返って、目が回る。
「えっ、そんな。高彦さん急にお世辞なんてどうしたんです」
赤い苺を頬張るつもりで、小口大口開いて閉じる。甘酸っぱい味、どこ行った。
「戻りますね」
「待って」
ドクントクンドクントクン。
「今夜一緒に食事しませんか」
放たれるは心の声で、声と一緒に空を舞った。ひらひらひらひら、春の兆し。
「えっ、ええっ、え、え」
右手の青に花びら燃えて。紫色の空の下、僕たちは。
「社内で噂になってるぞ」
田中さんが教えてくれた。時々ひそひそ、時々ニヤニヤ。僕と彼女は知らないプリン。絡めるカラメル、たっぷりん。突けば崩れる、たっぷりん。
「どうしたらいいんでしょう」
矢印が動き回る。あっちかな。こっちかな。くるくる回って、ぱーっと弾けた。
「どうしろということでもないけどな。社内では大人しくしてるんだな」
僕はアリンコ。トコトコ歩く。ここは崖の上。世界の端っこ。
「あの、高彦さん」
後ろを見たら、大地が広がる。女神がぽつんと、陰る顔。
「今日またお食事どうですか。話したいことあって」
強風吹いて身体が舞った。ひらひらひらひら空を舞って、崖の下まで落とされる。
「うん」
その後のことは闇の中。
天変地異が起こったよ。地球がくしゃみしてひっくり返った。会社も一緒にひっくり返った。これは夢なのか、現実なのか。僕の左手血で真っ赤。
真っ赤な血を見て、思い出した。前に食べた苺の味を。僕は急いで駆けてった。
阿鼻叫喚の地獄絵図。崖の下の地獄で捜した。神様のくれた蜘蛛の糸。糸をたぐり寄せていたら、糸は赤く染め上げられて、捜し物が見つかった。
「美香」
「高彦さん。助けて」
地の底に居る鬼に足を引っ張られて、美香は今にもひらひら落ちる。僕は左手目一杯伸ばして、赤い糸を手繰り寄せた。鬼は消え去り、女神は泣いた。
「どうしてこうなったんだろう」
そんなの誰にもわからない。
「でも今僕らはここにいる」
投げかけた羽衣を女神は纏って、朗らかにゆっくり微笑んだ。
「大好き」
好き好き。たっぷりん。
「僕も」
たっぷり、好き好き大好き。
「大嫌い」
そう、それは、そう。
「僕も」
そうだから。だから
「どうしよう」
「どうしよう」
二人の矢印弾け飛ぶ。
「別れよう」
僕は右手に。彼女は左手。
「そうだね」
右手は青く、左手は赤く。
右手と左手で環を作ると、紫色の世界が広がる。その手を高く掲げてから、離して戻すと、元通り。
左手の手の平
赤い糸
ひらひらひらひら
花びら積もって
この日の現実思い出す
「転職します」
「そうか、幸せにな」
右手の青と左手の赤 桃丞優綰 @you1wan
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