第34話 目的

 あれやこれやと考えていると、インターホンが鳴った。

 忙いでドアへ向かう。


 覗き穴から見ると、千里の姿が見えた。


 ドアを開くと、千里はいつもの調子で「ただいま」と言った。

 どこにも変わった様子はない。

 いつもと違うのは、落ち着きなく、僕の顔を見ながら、もじもじしているところぐらいだ。

 ドアを開けたというのに、家にあがろうとしない。


 「川俣さん。あ、あのね。わたしやっぱりちゃんと話そうと思って……」


 千里は、やはりもじもじしながら、そう言って言葉を切った。


 「話は後で聞くから、とにかくあがって」


 じれったくなった僕は、千里の手をとって引き寄せた。

 よろけた千里は、バランスを崩して、前のめりになった。

 そして、前のめりになったまま静止した。

 一瞬何が起きたか分からなかったが、千里を見ると僕の掴んでいる腕とは逆の腕を掴んでいる手があった。


 「確保!」


 若い男が、ドアの影に向けて叫んだ。

 僕は、千里と男の間に割って入り、身体ごとぶつかっていった。

 その勢いで、転がるように共用廊下へ出た。


 「ドアを閉めて!」


 振り向かずに言った。

 尾行されていたということは、家がわれているということだ。

 もっと警戒するべきだった。


 僕は、尻餅をついている男の襟首を掴み、勢いよく引き起こした。

 頭を打ったのか、男はそれどころではないといった様子で、しきりに痛がっていた。

 首に手を回して軽く締める。

 抵抗がしないので、綺麗にハマった。

 こうなると、ちょっとやそっとじゃ抜けることはできない。

 交渉材料としては、充分だ。


 前方に目をやった。

 他の二人は、五メートル程離れた場所で様子を見ていた。


 「離せ、このガキ」


 男は苦しそうに声を絞り出した。

 僕は、その声を無視して二人の様子を窺った。

 攻撃的ではない。

 むしろ、落ち着き払って僕を見ている。

 いや、僕というよりも、締め上げられている男をだ。


 「落ち着け川俣」


 コートの男が言った。

 家が知られているのだから、当然名前も知られているだろう。

 この際、細かいことはどうでも良かった。

 家に押し掛けられ、千里が襲われ、なぜ落ち着く必要があるのか。

 そこが問題だ。


 「捜査五課……時空犯罪課の者だ」


 コートの男は内ポケットに手を入れて、手帳を取りだした。


 「そんなのは聞いたこともないです」

 「そりゃあ、そうだろうな。用があるのはお前じゃない。ドアの向こうにいるお嬢ちゃんだ。そいつ、放してやってくれないか」

 「無理です。信用できない」

 「頼むよ。面倒事は避けたいんだ」

 「それはこっちのセリフですよ」

 「じゃあ、こうしよう。とりあえずこいつら二人を退かせるから、インターホン越しに千里と話しをさせてくれ。それならいいだろ?俺のようなおじさん一人相手でも不安なのか?」

 「……わかりました」


 コートの男の指示で、メガネの男はエレベーターに乗った。

 ドアが閉まるのを確認してから、男を突き放した。

 男は咳き込みながらコートの男のもとへと歩み寄った。


 「大変だったな」


 コートの男は愉快そうに笑いながら言った。


 「こうなること、わかってて俺に行かせたんですね。勘弁してくださいよ」

 「すまんな」


 若い男は、ぶつぶつと文句を言いながらエレベーターへと向かった。

 ボタンを押してから着くまでの間、退屈そうに足を小刻みに揺らしていた。

 男がエレベーターに乗り込むのを見送った後、コートの男は、わざとらしく手をあげながら「これでいいかな」と言った。


 僕は黙ったまま顎をちょっとだけ動かしてインターホンに誘導した。


 「最近の若いやつは血の気がなくていけねえな。あれにも、君くらい気迫があれば俺も仕事が楽になるんだが」


 言って男は、笑いながらこっちへ歩きだした。この男の仕草は一々気に障る。

 男がインターホンを鳴らす。

 シリンダーの回る音がした。

 僕は慌ててドア越しに、開けるなと言った。

 そのあとすぐに、インターホンで話してくれと伝えた。


 「はい、もしもし」


 千里の声が、受話器から聞こえてくる。


 「警視庁捜査五課の山本です。桜井千里さんですね?」

 「はい、そうですけど。滞在許可は取っていますよ」

 「いえ、実はあなたに逮捕状が出ていましてね。同行していただけますか?」

 「えっ、逮捕状?どうして?」

 「いや、まあここではなんなので、とにかく出てきてもらえないかと。川俣さんに信用してもらえないみたいなんでね」

 「わかりました。今行きます」


 男は、千里の返事を聞いて、僕に嫌らしい笑顔を向けた。

 千里が、ドアを開く。

 僕の方が、先に顔を合わせる位置に立っていた。

 千里は僕に向けて、何かを目で訴えかけた。

 おそらく、心配するなと伝えたつもりなのだろう。

 しかし、読みとるにはあまりにも複雑すぎる表情だった。

 隠しきれないほど、不安がにじみ出ている。

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