第27話 ぬくもり
外に出ると空がうっすらと赤くなっていた。
今晩にでも雪が降りそうなくらい寒い。千里は買ったばかりのコートを袋からだして羽織った。
「うーん、暖かい。買ってよかった」
コートの襟に顔を半分うずめながら、そう言った。
頬が少し赤らんでいる。
千里の頬を見て手袋を買ったことを思い出した。しかし、渡すタイミングがつかめない。
もし、これを渡しても、千里が気に入るかどうかもわからない。
相手が千里とはいえ、女の子にプレゼントをあげたことなど一度もないのだ。僕は横目で千里を覗き見ながら、歩調を合わせて歩いた。
前にもこんなことを経験したことがあるような気がした。デジャブかと思ったが違う。中学のとき、たしかにこうして千代と歩いたことがある。
あの時、僕はどうして千代と一緒にいたのか、どうしても思い出せなかった。思い出せないということは、思い出したくない記憶なのだろう。
千里はうわの空で歩いている僕に向かって、危ないよと咎めた。
「ああ、うん。千里、あのさ……」
「なに?」
千里はキョトンとした顔で目をぱちくりさせた。
「その……寒いね」
「なにそれ。変なの」
千里は笑った。
「……これ。よかったら」
ポケットから取り出した袋を千里に手渡した。
「わたしに?開けてもいい?」
「うん」
千里の顔を見ることができなかった。袋を開く音がする。
その間、僕はずっと足元を見つめていた。
「わあ、手袋」
ゆっくりと、顔をあげた。
千里は、手袋をはめて、手をにぎにぎしてみせた。
それから、嬉しそうに言った。
「ありがとう。川俣さん」
「気に入るかわからないけど」
「穴が開くまで使います」
赤い色が、千里の存在感を際立たせた。
たしかに、千里はここにいる。そう思えた。
「行こうか」
「うん」
再び、並んで歩き出した。
千里はいつもよりも手を大きく振って歩いていた。
風が吹いて落ち葉が舞う。
赤と黄色の絨毯がひかれたように、道が落ち葉で埋まっていた。
もうすぐ冬が来る。
僕は、かじかんだ手を揉みしだいた。
その手に、柔らかなものが触れた。
触れたかと思うと、引き寄せられるかのように重なった。
冷たくなった手に、熱が伝わってくる。
小さな温もりがたしかに感じられた。
「手袋のおすそ分け。こうすると川俣さんも暖かいでしょ」
千里は言った。
「ありがとう」
言ってすぐに、後悔した。
こういうとき、気の利いたセリフの一つや二つ言うこともできない自分が、酷くかっこ悪く思えた。
僕は、千里のぬくもりを逃がさないように、少し手に力を込めた。
それから僕達は、家に着くまでの間、ほとんど会話を交わさなかった。
手をつないでいたのは、電車に乗るまでの間だけだ。
千里の存在が急に近づいたと感じるのと同時に、離れていく感じもした。
しこりができたと言うべきか。以前と比べて気軽さを失った。
まるで千里が千里ではなくなったかのように、触れがたい存在に思えた。
マンションに着く頃には、あたりが真っ暗になっていた。
「ただいま」
声を揃えて言った。
途端に、今まで黙っていたのが、馬鹿らしくなった。僕は荷物を下ろしてソファーに倒れ込んだ。
「川俣さん、そういえば運動したいって言ってなかった?」
「ああ、忘れてた。けど、疲れたからもう少し休んでからにしよう」
「いいですよ」
ソファーに横になると、猛烈な眠気におそわれた。身体の疲れというより気疲れが大きい。
どうにもヘトヘトだった。
意識が薄れ行く中、千里が服を抱えて歩いて行くのが見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます