第20話 類友
相変わらず学校は退屈だった。退屈を学ぶ場所だとしか思えない。
教師という権威の気に障らないよう、隠れてやり過ごす。
息を潜めるよりも、生徒になりきったほうが目立たない場合が多い。木を隠すなら森の中というわけだ。
真面目な顔をした不真面目な生徒、そんな内面を見透かしてか、中には嫌な顔をする教師もいる。
しかし、僕が真っ当な生徒である限り、彼らが僕に言えることは何もない。
予鈴がなり昼休みに入ると、調べものをしに図書室へ向かった。
タイムトラベルに関係しそうな書物を漁ってみる。子供向けの本から、少し詳しい空想科学の本まで一通り揃っていた。
パラパラとめくるだけで眠気がしてくる。物理を学んでいない僕には、この手の本が哲学書とどう違うのか、まるで理解できなかった。
ざっと読み流し、概念的な理解だけで満足して本を棚に戻しに行く。
その途中で八尾佳菜子に出会った。
出会い頭に八尾は、髪切ったんだねと言った。
彼女は僕が学校で話をする数少ない生徒の一人だ。
一年生のとき隣の席だったというだけの理由で、今も僅かに交流が続いている。
友達がいないという点でも似た者同志なのかもしれない。
ただ、彼女の場合、口数が少ないだけで僕のようなマイナス要因は持ち合わせていなかった。
「珍しいね、川俣君が図書室に来るなんて」
「ちょっと探し物があって。そういう八尾さんはどうしてここに?」
「図書委員。今年から」
たしかに、制服の上からエプロンをしている。
「そうなんだ。似合ってるよ」
「役職が似合ってるってどういうこと?へんなの」
「僕もよくわからないけど、本に囲まれている八尾さんは自然な感じがする」
「ほめてるのかな、それは。そういう川俣君も一人でいるのがよく似合ってるね。なかなかいないよ、君みたいに一人で堂々としてる人」
「嫌みでしょそれ」
「違うわよ」
言って八尾はクスッと笑った。
「川俣君、なんか明るくなったね。いいことあった?」
「いつも通りだよ。平々凡々な毎日」
「そう。平凡なのが一番いいね」
八尾の顔に一瞬暗い影がよぎった。
少し気になったが、干渉するつもりはなかった。
僕が何もしなければ、彼女も僕に何かを求めたりはしない。お互いが互いの何者かになりさえしなければ、この微妙な関係が壊れることはないのだ。
だから僕は、同類のような彼女に対して、顔を合わせば話すだけの友達という立場を、半ば義務的に演じ続けていた。
僕にとって、他人の心というのは気軽に触れていいものではない。
彼女もきっとそう考えているに違いない。
それなのに僕は、今日という日に限ってその仮面を外してしまった。
「なにかあったの?」
僕がそう訪ねると、八尾は眉一つ動かさずにこちらを見つめた。
彼女が何を考えているのか、わからなくなった。
束の間の沈黙を経て、八尾が口を開く。
「なにもないわ。それに……もし私になにかあったとして、川俣君はなにかしてくれるの?」
「……それは」
わかっていた。
僕は、彼女に何もしてやることはできない。
僕が余計なことを言ったばかりに、今まで保ってきた関係が終わるかもしれない。
終わらないにしても、二度と元通りにはなれそうにない。
「じゃあ、めったなことは口走らないことね。そろそろ教室に戻らないと授業始まるよ」
八尾は、笑ってそう言った。
「そうだね、行くよ。その……がんばって」
「私、昼はいつもここで暇してるから、たまに顔だして」
社交辞令なのか、わからなかった。
本を手にとった八尾を後目に、図書室をあとにした。
これだから、他人と関わるのは嫌なのだ。
静止している状態のそれが、たった一言で、方向性をもって走りだしてしまった。
そして、変わらないで欲しいと望んでいたものが、変わってしまう。
僕だけの問題ならいざ知らす、八尾と僕の間にある問題となれば、僕は全く無力だ。
走りだしたそれが結末に向かうのを、ただ眺めるだけだ。
もしくは終わる前に、壊してしまうしかない。
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