第17話 おかえりなさい

 玄関に見送りに来た千里に鍵を閉めておくように言い聞かせ、八千と二人でコンビニへ向かった。


 外は風が冷たかった。

 どこからともなく冬の匂いがする。

 八千がコートの襟を立てて首をひっこめた。

 肩まである髪の毛は、千里の白い髪よりもしなやかにまとまって、落ち着いた印象をうける。

 薄く塗った化粧が大人びて見えた。

 千里も数年経てばこんなふうになるのだろうか。


 「人の顔をじろじろ見るものじゃないわよ」


 からかうように、八千は言った。

 覗き見ていたつもりだが、ばれていたらしい。


 「すみません。千里に似ているようで似ていないと思って」

 「あの子はお父さん似かな。私はお母さんに似てるってよく言われる」

 「その、本当に八千さんたちは未来から来たんですか。僕をからかっている訳じゃありませんよね……」

 「うん、本当だよ。とは言ってもたった80年くらいだもの。大した差はないでしょ」

 「いまいち信じられないんですよ。未来から人が来るってもっと大変なことじゃないですか」

 「私の時代では普通だよ。タイムマシンでやってきたと言って驚いてくれるのは君の時代の人達くらい。ウィリアムズ条約を結びに来たときに会った、前首相の児玉さんも凄く驚いてたらしいわ」


 そう言って八千は愉快そうに笑った。


 「ウィリアムズ条約?」

 「簡単に言えば時代間の交流や貿易に関する協定。ウィリアムズ博士っていう偉い人がタイムマシンを発明したの。だからウィリアムズ条約」

 「それを今の政府が了承したんですか。それならどうしてこの時代ではその事実を伏せてあるんです?」

 「第一にはウィリアムズ博士の出生が2023年だという理由。あまりこの時代を弄くると博士にも影響がでちゃうかもしれないでしょ。第二に、タイムマシンがある時代と無い時代で生活ががらりと変わったの。私のいる時代がタイムマシンの第一世代で、そこから先は時間という概念があまり意味を成さなくなったわ。だから、発明以前の時代にはタイムマシンの技術を提供しないことに決まったの。最初は違う時代に干渉することを禁じていたのよ。けど頭打ちになった文明に絶望した人類には、未来しか希望が残されてなかったのね。そしてタイムマシンの有効活用が始まった」


 慣れた様子で八千は語った。こういった説明も仕事のうちなのかもしれない。


 「へえ、未来はもっと華やかなものだと思っていたけど、色々と大変なんですね」

 「今は華やかだよ。華やかじゃなかったのは私がまだ小さな子供だった頃の話。今度君も遊びに来るといいよ。千里の操作は危ないけどね」

 「そうですね。是非にでも行きたいです。そうでもしないと信じられそうにないですし」

 「……川俣君、意外と疑り深いのね」

 「疑いもしますよそりゃ」

 「まあそうやって疑ってくれるから、話すことができるんだけど」


 その通りだ。普通の人はこんな話を信じない。僕と同じように疑うか、はなから否定する。

 信じないとわかっているからこそ、彼女は平気で話すことかできる。

 彼女の言っていることが本当だったとして、それを僕が誰かに話ても、僕が彼女の立ち位置になるだけだろう。

 まるで雲を掴むような話だ。嘘か本当かなんてどうだって良いことのように思えてきた。もともと現代に生きる僕には彼女の話を信じるだけの素養などない。


 「そういえば、未来から来たということは八千さん僕の未来を知っているんですか?」

 「未来なんて知っても仕方がないわよ。未来は自分で作るものなの。あの博士だってそう言ってたでしょ」


 千里といいこの人といい、どうも未来人らしからぬ知識がある。

 つまらない話をしている間にコンビニの明かりが見えてきた。八千はカゴにビールとツマミを入れてレジに向かった。

 袋は僕が持った。


 「この時代は無駄な物がいっぱいあっていいね」

 「そうですか。僕にはあまりそう思えないですけど」

 「よく見てみて。お地蔵さんに電柱、それにビール。未来はお酒が売ってないんだよ。うるさい人が多くてね」

 「お酒って、まあお酒は確かに無駄ですよね。なくても困らない」

 「この時代の人にそんな意見をもらうなんて驚き。川俣君は私より未来に生きてるね」

 「……そうですか」


 未来人に未来に生きてると言われるのは不思議な感じがした。

 彼女の明るい性格は千里によく似ている。けど、長く生きたぶん、笑顔が重い。

 そこが嫌いじゃなかった。

 袋を持った手がかじかむ。持ち替えてポケットに突っ込んだ。


 「あのね、実はあの子向こうで色々あって少し落ち込んでると思うの。迷惑かもしれないけど優しくしてあげて」

 「わかりました。とは言っても何もできませんけど」

 「それでいいのよ」


 千里がなぜ落ち込んでいるのか気になったが、自分から聞く気にはなれなかった。

 彼女の方から何か言いだすのではないかと考えて、しばらくの間無言で歩いた。

 そうしている間に、マンションが見えてきた。


 エレベーターに乗ると、沈黙が不快なものになった。

 鍵を開けて家に入る。

 ただいまを言うと、暗い玄関に明かりが灯った。

 千里が出迎えにきていた。


 「おかえりなさい」


 そう言って千里は、少しだけ首を傾げた。

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