第14話 遠足

 正直いって僕は寝不足だった。

 ようやく寝ついたところを千里に起こされたのだ。

 千里を泊めたということを忘れていた僕は、家に人がいることに驚いて飛び起きた。

 千里が部屋を出て行くと、チュンチュン鳴く鳥の囀りだけが残った。

 居間へ行くと、千里が食パンを焼いて待っていた。

 僕は焼いた食パンが嫌いだ。

 無駄な硬さに腹が立つ。

 変な所で意地を張ってる人間みたいだ。

 中は柔らかいくせに外ばかり頑丈なふりをする。

 ジャムを塗って生意気な焦げ目にかじりついた。

 甘味でごまかしても不味いものは不味い。

 味あわずに飲み込んだ。


 「今日はがんばろうね、川俣さん」


 キッチンでごそごそと何かをしながら、千里は言った。

 どこから引っぱり出してきたのか、水筒にお茶を注いでいた。遠足にでも行くつもりなのだろうか。

 機嫌の良さそうな背中に質問を投げかけた。


 「千里さん、それ持っていくの?」

 「ダメですか?」

 「……ダメじゃないけど」


 僕はふと思い立って部屋に戻った。

 クローゼットの奥を漁って小さめのリックサックを取り出した。千里には丁度サイズが良さそうだ。

 風呂場に寄って、タオルと軍手を詰め込む。

 それを持って千里に手渡した。


 「荷物、これに入れなよ」

 「ありがとう。借りてもいいの」

 「いいよ。どうせ使ってないし」

 「川俣さんは手ぶらですか。ずるいです」

 「僕は他に持つ物があるんだよ」


 僕は、押し入れから昔釣りに行った時に使ったウェーダーを二着取り出して鞄に詰めた。


 「よし、行こうか」

 「おー」


 家をでて鍵を閉める。

 千里は水筒を鞄に入れず、肩から斜めにかけていた。

 鞄に入れたほうが楽じゃないのか、と諭したが、こうしないとお出かけ気分になれない、と理解し難いこだわりを語った。

 水筒を持った女の子と歩くのは、ちょっと気恥ずかしかった。

 河川敷まで、たった10分くらいの我慢だ。


 時空転送機とかいうものは本当にあるのだろうか。

 あって欲しいとも思うし、ない方がいいとも思える。


 千里と出会った河川敷についた。

 川の水嵩が少し減っていた。

 流れも落ち着いている。


 僕はリュックサックからウェーダーを二つ取り出して、片方を千里に渡した。

 千里はぽかんとしていた。


 「どうしたの。早く履きなよ」

 「わたしも川に入るの?」


 千里は驚いたように言った。


 「そうだよ」

 「わたし女の子だよ」

 「だからなに」

 「それに、寒いよ」

 「そもそも君の物だろ」


 この子はお茶を飲みながら僕が川に入るのを見物するつもりだったのだろうか。

 千里は、僕の顔をチラッと見て、渋々ウェーダーを履いた。

 肩の紐をとめてやり、二人並んで川縁に立った。


 「……本当に入るの?」

 「こういうのは決意が肝心。一二の三で行こう」

 「わかった。ズルは無しだからね」


 千里は、覚悟を決めたようだった。


 「一二の、三っ」


 えいっと言って出しかけた足を戻した千里は、前のめりになって手を回していた。

 体を支えようと下に回り込んだ僕の上に千里が落ちてきた。

 千里は無事だったが、僕は無事じゃない。

 上半身がずぶ濡れだ。


 「……」

 「あ、あはは」


 千里は僕を見下ろして気まずそうに笑った。


 「おーい、そっちはどうですか?」

 「見つからなーい」


 僕は少し深くなったところを、千里は中洲の周りを探していた。


 「その機械はどのくらいの大きさなの?」

 「手のひらサイズの四角い箱だよ」


 この広い川から手のひらサイズの機械を探すというのは、どう考えても期待できそうにない。


 「もう少し下流を探してみるよ」

 「はーい」


 ちらりと千里の方を見ると、石をひっくり返して遊んでいるように見えた。


 文句を言う気にもなれない。

 腕を突っ込んで川底をあさる。

 泥が舞い上がって、ただでさえ見えにくい川底が余計に見えなくなった。

 川の石は丸いから、角張った箱なら手に触れればすぐわかるだろう。

 指先で川底を擦りながらジグザグに歩いた。

 三往復ほどしたところで角張った物が手に触れた。


 見つけた。

 勢い良く引き上げる。

 手に握られていたのは古いラジオだった。

 やる気を削がれた僕は中洲に引き返した。

 千里は石の上に座って、草で水面をピチピチ叩いていた。


 「見つかった?」

 「見つけたよ、ラジオを」

 「骨董品ですね。お父さんに見せたら喜びそう」

 「……はあ。くたびれ損か」

 「でも困ったなあ。あれがないと未来に帰れないよ」

 「本当に未来から来たの?君は」

 「ほんとだってば」


 千里は困ったと言うほど困った様子もなく草で遊んでいる。

 証拠が見つからなければ今日でお別れだ。


 このまま千里を家に置いておくのは倫理的に許されない。

 内心、未来から来たなんて与太話を信じる気はなかった。

しかし、信じたいという気持ちがなかった訳ではない。


 千里と出会った場所、炎に照らし出された千里の姿を思い出した。

 何かおかしい事が起きたのは事実なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る