第13話 未来人

 本名がバレた。

 嘘つきという言葉は、それを意味していたのだ。

 僕が千里を置いて逃げたことを非難している訳ではない。


 なぜバレたのか分からないけど、とにかく彼女は僕の本名を知ってしまった。


 「山田たけるだなんて、どうしてそんな嘘つくんですか。名前をつけてくれた両親に申し訳ないと思わないんですか」

 「……はい、すみません」

 「それに、川俣さん泊めてくれるって言いましたよね。どうしてトイレ行ってる間に消えてるんですか。わたし本当に行く場所ないんですよ。この寒い中橋の下で寝るところでした」

 「……申し訳ない」


 千里は僕のお弁当を勝手に食べながらまくし立てた。

 どうやら両方の事に対して怒っているらしい。

 今朝は控え目だったのに、怒らせるとずかずかものを言う。


 「……あの、ところでどうして僕の名前を?」

 「家の前で待ってたら宅配屋さんが来て教えてくれました。川俣さんのお宅の方ですかー?って」

 「ああ、そう」

 「ああ、そう。じゃないですよ。まったくもう」


 千里は、できる限り全身で怒りを表現しているようだが、あまり怒っているようには見えなかった。


 「で、千里さんは僕になんの用なの?」

 「用事は用事です。会うのも話しをするのも用事です」

 「……えーと、前にどこかで会ったことあったかな」

 「だから未来から来たって言ったじゃないですか。川俣さんいったい何歳?わたしのこと知ってたらおじいちゃんですよ」


 未来から来たって青いロボットじゃあるまいし。

 そんな話しを簡単に信じろという方が無理だ。


 「それじゃあ千里さんは、僕に会いに未来からやってきたから家もないし家族もいないと」

 「そうです。わたしは川俣さんと違って嘘つきません」

 「じゃあなにか未来の道具をだしてよ。空飛ぶ竹とか、どこにでも行けるドアとか持ってないの?」

 「アニメの見すぎですよ。青いロボットじゃあるまいし」


 きっとこの子は現代人だ。

 八十年も未来の子供が、現代のアニメを嗜むハズがない。


 「それに、時空移動法で未来の器機は持ち出しちゃいけないって決まってます」

 「へえ、そうなんですか」

 「あっ、そういえば時空転送機があった。わたしが落ちてた川にあるかもしれない。川俣さん、明日一緒に探しに行こう」

 「いいよ。じゃあそれが見つかったら信じることにする」

 「うん。そういえばその顔どうしたの」

 「これはその、色々あって」

 「わかった、川俣さん気が弱そうだから誰かにいじめられたんでしょ。暴力は良くないのに」


 そう言って彼女は冷凍庫から氷を持ってきてくれた。

 これが暴力なら、僕はその十倍くらい暴力を振るった。四人組のことを思いだして、また憂鬱な気分になった。

 千里の説教が終わったので、僕はようやく食事にありつくことができた。

 噛む度に頬が痛む。

 食べ終わると、余っていた部屋に千里の寝床を用意して与えた。

 千里はすでに眠たそうに目をこすっている。


 「それじゃあ明日に備えて寝るね。おやすみ、川俣さん」

 「うん、おやすみ」


 おやすみというほど眠くない。

 昼寝したせいだろう。

 手元に転がっていた読みかけの小説を開いて、パラパラと目を通した。

 文字が頭に入らない。

 本を閉じて、ぼうと部屋を眺めた。

 どうしてだか、いつもよりも広く感じた。

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