第10話 迷い込んだ獣

 着替え終わった千里を連れて、二人で服屋へと向かった。


 僕のボキャブラリーには服屋といえばウニークショップしかない。靴下から上着まで全てウニークショップだ。

 電車に乗ると、千里は楽しそうに外を眺めていた。

 時折窓に映った自分の姿を見て、髪の毛を気にしている。


 「変じゃないと思うよ」

 「そうかな。でも目立つよ。おばあちゃんだよ」


 言われてみれば目立っている気がしなくもない。

 意図的に外部の存在をシャットアウトしてる僕は気づかなかった。

 確かに真っ白な髪は異質だけど、気持ち悪い人として変に目立つ僕の目立ち方とはどこか違う。

 千里はよく見ると器量の良い顔をしている。それを白髪が際立てていた。

 この寒い中、シャツ一枚というのも一つの原因かもしれない。


 「まあ仕方がないよ。気にしないことだね」


 僕が言うと、千里は不満げに指先で毛先を摘んだ。

 久しぶりに出た街中は、人が多くて具合が悪くなりそうだった。

 この人達は本当に用事があって街にいるのだろうか。街を街らしくするために市長に雇われたエキストラじゃないのか。

 なんてくだらないことを考えながら、早歩きで人ごみを掻き分けて進んだ。

 千里は、歩くのが早いです、と泣きそうな声を出していた。


 ようやくウニークショップの入っているビルにたどり着き、エレベーターに飛び乗った。

 駅からたった五分歩いただけで、僕の精神的な疲労は限界に達しそうだった。


 千里は白い頬を少し紅潮させて、不機嫌そうな顔をしていたが、ウニークショップに入るとまた楽しそうな顔に戻った。


 「わあ、ウニークショップだ。こんな昔からあったんだ。どれにしよう」


 耳に内蔵されたフィルターが雑音をカットする。


 「好きなの選びなよ」

 「うーん、山田さんも一緒に選んでくれませんか」

 「え、僕も?」

 「うん。今の流行りわからないし」


 のどかな妖精の村に獣が一匹迷い込んだ。

 初めて入った女性服コーナーを、そんなふうに風刺したくなった。

 物色中の女性達が怪訝そうな顔で見てくるような気がする。

 まさに異世界。早く立ち去りたかった。

 どうして僕はこんな目にあっているのだろうか。


 千里の後ろにぴったりとくっついて歩き、怪しい者じゃないとアピールした。

 それでも肩身が狭かった。


 「歩きにくいから少し離れてください」


 とうの千里は人の気も知らずにこんなことを言う。


 「早く選ぼうよ。ね」

 「うーん。これなんてどうですか?」


 千里が手にとったのは、何の変哲もないグレーのパーカーだった。

 値段も手頃だし、似合う気がした。


 「いいと思うけど、なんか普通だね」

 「じゃあ他のにしようかな」

 「いや、それがいいよ。飾り気がなくて素敵。それにしよう」


 そう言ってパーカーを受け取るとレジへ向かった。


 「2980円になります」


 さようなら千里。これはせめてもの餞別だ。

 財布から金をだしながら心の中で呟いた。


 「着ていきますか?」


 千里の服装を見て、店員はそう言った。


 「どうする?」

 「着ていきます」


 店員はタグを外して、そのまま服を渡してくれた。

 千里はエレベーターの前でパーカーをはおると、フードに顔を押しつけて嬉しそうに言った。


 「ありがとう山田さん」


 心が痛んだ。


 「どういたしまして。帰る前に喫茶店寄ってもいいかな」

 「うん。いいよ」


 この後のことを思うと目を合わせることができなかった。

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