第8話 扱いに困る

 半分眠っているような顔をして「ここはどこ?」と聞く彼女にことの経緯を説明した。


 理解したのかしていないのか、針のように細くなった目をぱちくりさせている。

 意識がこっちの世界に戻ってきたのか、急に鼻をスンスンしはじめた。


 「……なんか、川臭い」

 「だから、川に落ちたんだよ君は」

 「どうしてそのまま寝かせたの?」

 「着替えさせても良かったならそうしたけど」


 僕がそう言うと、自分の言葉を理解したのか、細い目をまん丸にして頬を赤くした。


 「……お風呂貸してください」

 「どうぞ。廊下を出て左にあるよ。タオルは入って右手の戸棚にあるから好きに使って」

 「ありがとうございます」


 どこかむくれたような口調だった。

 しかし、僕は悪くない。

 話が終わったつもりだったので新聞に目を通していた。

 動く気配のない彼女に再び目をやると、まだこちらを見ている。

 もう一度どうぞ、と言うと気にくわなそうにドタバタと部屋を出て行った。

 彼女が出て行くのを確認して、また新聞に目を通した。


 普段は新聞を読まない。

 昨日の河川敷での出来事がどこかに載っていないかと考えて読んでみただけだ。

 新聞というのはどうしてこんなに読みづらいのだろうか。

 かさばって仕方がない。

 A4サイズにまとめてほしかった。


 突然、風呂場からギャーと叫び声が聞こえてきた。

 大人しそうな顔とは裏腹に騒々しい子だ。

 人馴れしていない僕には、これが普通のテンションなのかも分からない。

 僕は急いで風呂場へと向かい、ドア越しに声をかけた。


 「どうしたの」

 「髪が白くなってる!」

 「最初から白かったよ」

 「前は黒かったの。ええ、どうして。おばあちゃんみたい。なんで」


 なんなんだこの子はと、アホらしくなって踵を返した。

 後ろからは、ぶつぶつと呟く声が聞こえた。


 同じ空間に人がいると思うと、そわそわして落ち着かない。

 普段どうやって時間を潰しているのか思い出せなかった。

 朝刊に写っていた野菜の広告を見て、昨日から何も食べていないことに気がついた僕は、朝食を作ることにした。


 冷蔵庫から、残っていたベーコンと卵を三つ取り出してキッチンに並べる。

 フライパンにベーコンを放りこみ、少し焼けたくらいで火を落として卵を入れる。

 もう一つのフライパンには油を塗って千切りにしたジャガイモを入れておいた。

 ベーコンの匂いが食欲をそそった。

 ベーコンは、カリカリに焼くより柔らかめのほうが好きだ。


 まだ薄く透明な色を残している卵に焦りを感じた。

 入れるのが遅かったかもしれない。


 「いい匂い」


 彼女がドアからひょっこり、顔だけだしていた。


 「もう少しでできるよ。食べるだろ」

 「うん。……あの」

 「なに?」


 と言って、服を出し忘れてたことに気がついた。


 「ごめん、忘れていた。僕の服でもいい?」

 「うん」


 返事をすると、彼女は申しわけなさそうに笑った。

 服を取りに部屋へ行こうと思ったら、来ないでと遮られた。

 タオルを巻いていただけらしい。

 風呂場に戻っていろと言って、自分の部屋へ向かう。

 着る物といっても寝間着のスウェットくらいしかなかった。

 長袖のシャツとスウェットのズボンをドアの前に置いた。


 「服置いとくから、君の服は洗濯機に入れておいて」


 風呂場の方から、ありがとう、と返事が返ってきた。

 料理中だということを思い出した僕は、急いで目玉焼きの様子を見に行った。

 ベーコンも卵も少し焦げてしまっていた。

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