第五章

第87話 戦いの狼煙(1)

 伝令の報告を受け、すぐさま砦の一室で戦略会議が開かれる事となった。


 錬達とテラミス達でテーブルに向かい合い、ゼノンが地図を広げて説明する。


「王太子殿下は、およそ七割の貴族の支持を得て、王都での実権を掌握したとの事。ハーヴィン=エルト=グラン=ヴァールハイトを名乗ったところを見るに、諸外国に対しても王である事を認めさせようという腹づもりでしょうな」


「名乗ったって、元からそんな名前じゃありませんでしたっけ?」


「元はハーヴィン=グラン=ヴァールハイトだね。ミドルネームにエルトが付いたら王様になるらしいよ」


 ジエットの補足に、テラミスが呆れたようにため息を漏らした。


「説明するならちゃんとなさい……。エルトは魔法語で根源を意味する単語、すなわちそれは王国の根源たる王であると宣言した事になるの」


「なるほど。エルトは根源って意味だったのか」


「まさか、大賢者殿はそれを知らずにあれほどの魔法を行使していたと仰るのか……?」


「あんまり魔法の勉強とかできてないんで。ついこの前まで字も読めませんでしたし」


 唖然とするテラミスやゼノン達。


 錬の知識のちぐはぐさに困惑しているようだ。


「話が逸れてしまいました。それで王都の状況は?」


「う、うむ……。現在所有者のいない魔力なしは王国所有の奴隷とされ、これに反対する者は拘束する法案が可決。また、反逆者を密告した者には報奨金を出している模様ですぞ」


 話を聞きながら錬は嘆息した。


(絵に描いたような恐怖政治だな……)


「ふざけんな! アタイの仲間をまた奴隷にしやがるのか!?」


 叫んだのはパムである。


 彼女の言う通り、王都の貧民街にはパムの仲間達がいる。せっかく解放したのにまた奴隷に逆戻りでは助けた意味がなくなってしまう。


「今すぐ助けに行こう!」


「待て。気持ちはわかるけど、無策で飛び込めば敵の思う壺だ」


「だけどあんちゃん、それじゃ王都の皆が……」


「わかってる。この件に関しては早急に対応しよう。そのためには準備が必要だ」


 錬はこの場にいる皆の顔をぐるりと見渡し、告げる。


「今の俺達には、四属性魔法具であるファラガの笛への対抗手段がない。そんな状態で軍を率いて王都に攻め込めば、一気に薙ぎ払われて終わりだ。そうなれば仲間を救うどころじゃなくなる」


「ならば刺客を差し向けてはいかがか?」


 ゼノンの提案に錬はうなずく。


「最終的にはそっち方面で攻めるしかないでしょうね。ただ、ハーヴィンもそれはわかっているはず。だから相手は迂闊に王都から出て来ないでしょう。ゼノン団長、彼我の戦力差はどれくらいと見てます?」


「まず、聖堂教会は一般信徒まで駆り出しても五万が精々。ローズベル公爵家やシャルドレイテ侯爵家などの同盟軍を加えても十五万に届けばよい方でしょう。それに対して王国魔法騎士団は常備軍が五万。そして王太子殿下にくみする貴族は全体の七割に及びます。それらがすべて動いた場合、少なく見積もっても数十万の軍勢にはなるでしょうな」


 それを聞いて、ジエットは難しい顔で地図を睨み付けた。


「数倍の軍を相手にするわけですか」


「左様……。王太子殿下は王都に引きこもれば守りは万全。対する我らは攻め手に欠ける上、敵が押し寄せれば守るので精一杯。何しろ地竜の変異種などというものがおりますのでな。正面からぶつかり合えばたちまち敗戦となりましょう。何か妙案のある者は?」


「それなら一つ提案があります」


 錬はテーブルに二つの魔法具を置いた。


 木目紙を木箱の一面に貼り付けた装置である。


「これは?」


「トランシーバーです」


 前世において社会を支えた重要技術、それが通信だ。


 狼煙のろし、鐘、手紙、モールス、電話――原理は様々だが、情報を伝えるという役割はどれも同じ。


 光や電波、音、紙、電流などの媒体に情報を乗せる事で、遠方にいる相手へメッセージを届けるのである。


「情報を制する者は戦いを制す。先日の戦いで思ったんですが、この世界の情報伝達方法は騎竜で手紙を運ばせたり、使者による口伝てなどが主流で、メッセージを送るのに数時間から数日もかかりますよね。まずはこれを是正しましょう」


 テラミスは木箱をまじまじと観察する。


「……情報のくだりはあなたの仰る通りだけれど、この箱は具体的にどういうものなの?」


「かいつまんで言うと、風魔法を介して声を飛ばす装置です」


「声を?」


「百聞は一見にしかず。実際に試してみましょう」


 錬は部屋の隅に立っていた聖堂騎士の一人に送信機の木箱を手渡した。


「これを持って、今何をしているか喋りながら砦を歩き回ってもらえますか?」


「はい! お任せください大賢者様!」


 聖堂騎士は胸に手を当てて敬礼し、送信機を手に部屋を出る。


 しばらくすると受信機の木箱がノイズを発した。


『――自分は今、砦の廊下を歩いております!』


「なっ……なんだこれはッ!?」


 皆が一斉に身を乗り出した。受信機の木箱を食い入るように見つめる。


「これがトランシーバーの機能です」


 まず、一面に木目紙を貼った木箱に付与魔法スイッチを取り付け、音波の振動で鉄釘との距離が変わるようにすれば集音器マイクができる。


 これにより音の波形を魔力の振幅に変換し、結晶貨回路による風魔法で声の情報を周囲に拡散、送信する。


 あとは魔光石センサーで風魔法を受信し、魔力の振幅を結晶貨回路で音波に戻す。


 この一連の動作で魔法による通話が可能となる。


「よもやこのような事が可能とは……これは今後の戦争を変えうる逸品ですぞ!?」


 ゼノンが受信機を手に興奮する。


 無線通信機ができた事で、良くも悪くもこの世界は変わっていくだろう。


 そして誰よりも先にこれを手にした以上、こちらが情報戦で遅れを取る事はもはやありえないと言っていい。


 話し合っている間も木箱はノイズ混じりの声を発している。


『ただいま食堂に辿り着きました! 今日の昼食は蒸し鶏のようです! これはうまそうだ……どれ、少し味見を』


「あの野郎!? つまみ食いしてやがる!」


「神に仕える者でありながら何という意地汚さ!」


「おい、やめんかバカ者が!」


 口汚くわめき散らす聖堂騎士達に、錬は苦笑した。


「無駄ですよ。こっちの声は届いてませんから」


「そ、そうなのですか?」


「うぅむ……しかし声を飛ばせる魔法具とは実に素晴らしい」


「あとはどの程度まで届くか試す必要がありますな」


 即席の送受信機を見ながら話し合うゼノンら聖堂騎士達。通信機の有用性は理解してもらえたようだ。


「現状では一方通行の通信ですが、送信機と受信機を両方持てば会話ができるはずです。この試作品はまだ音波の混信対策をしていませんから、無闇に通信しないようにするなどの対策が必要となりますけどね」


「あれ? でも結晶貨は高いんじゃなかった? これに使っちゃうと三属性魔法ができなくなっちゃうんじゃ……?」


「まぁそうだな」


 ジエットの言う通り、手持ちの結晶貨は二つしかない。送信機と受信機で一つずつ使えばそれだけで終わってしまう。


 であれば数を増やすしかない。


「……よし、割るか!」


 その瞬間、皆の目が一斉にまん丸に見開かれた。

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