第86話 終わりと始まり

 テラミス救出作戦の後、錬達は砦へ戻る事になった。


 錬が壊した箇所がまだハリボテ状態だが、ローズベル公爵家の竜騎兵が五百人もいるため一旦駐留させてもらったのだ。


 もちろん魔獣部隊の隊長らは地下牢行きである。数が多いので残りの兵はゾルダート伯爵の方で引き取ってもらう運びとなった。


 そんなわけで錬はジエットらと客室で一晩を過ごし、翌朝。


「このたびは真に申し訳ない。そして感謝する」


 頭を下げたのは聖堂騎士団長ゼノンだ。


 朝食後に応接室へ招かれ、開口一番の出来事である。


 錬の隣にはジエットが、向かいの席にはテラミスもおり、部屋の隅には聖堂騎士達が控えている。


 この話し合いは正式なものであり、王国法に乗っ取った誓約書を交わす場となるらしい。


「貴殿らは敵であった我らの窮地に援軍を出し、テラミス様をお救いくださった。その礼としてこれを受け取っていただきたい」


 差し出されたのは装飾満載の小箱だ。中には琥珀色の美しい石が一つ入っていた。


 火炎石、核石に続く第三の属性石――結晶貨だ。


「こんな高価な物いいんですか?」


「うむ。金としての価値はもちろん、大賢者殿にとってはそれ以上の利用価値があると思いましたのでな」


「なるほど。そういう事であればありがたくいただきます」


 錬は受け取った結晶貨をポーチへ入れる。


「さて、それでは本題に入るとしよう。結論から言うと、今後我ら聖堂騎士団はジエッタニア様の下で戦いたいと考えております」


「えっ?」


 ジエットが目を丸くして熊耳を立てた。


「どうしてそんな事に? お姉様はいいんですか?」


「心配ご無用。テラミス様の同意を得ておりますゆえ」


 言われてテラミスを窺うと、錬と目が合った瞬間に背けられてしまった。


(まさか、まだふて腐れてるのか……?)


 何しろ昨晩皆の前で平手打ちを食らわせたのだ。怒っていても仕方がない。


(今思い返すと、王女様相手に結構やばい事したな……。不敬罪で死刑とかないだろうな?)


 そんな不安をよそに、ゼノンは説明を続けていく。


「此度の戦で、大賢者殿の底知れぬ英知、そしてジエッタニア様との信頼関係を我らは身をもって思い知った。テラミス王女派とジエッタニア王女派で目指す未来は違えど、理想は同じ。テラミス様がお認めになられた以上、ジエッタニア様の下で戦う事に否やはありませぬ」


「それはありがたい事ですが、テラミス王女殿下はそれでいいんですか?」


「ふぁいっ!?」


 尋ねた瞬間テラミスがぴょこんと跳ねた。その顔はリンゴのように真っ赤になっている。


「な……なんですの!?」


「あなたは次代の王となる道を諦めて、ジエットに協力してもいいのかって事です」


「わたくしはその……様のためなら……って思っただけで……」


「はい? すみません、ちょっとよく聞こえなかったです」


「う、うるさいわね! 何も言ってないわよ!」


「えぇっ!? いや言ってたでしょ……?」


「言ってない!」


 餌を守る猛犬のように唸り声を上げるテラミスだが、赤面しながら目を泳がせているためまったく怖くない。


 そんな要領を得ない話にジエットが小首を傾げた。


「よくわからないけど、お姉様は私に協力してくれるって事でいいのかな?」


「わたくしは別にジエッタニア派に入るわけじゃないわ。あなたが何も知らないなんちゃって王女だから、姉として教育してあげようってだけよ! 勘違いしないでちょうだい!」


「うん……わかった」


「そこは『わかりましたわ、お姉様』でしょう! 女王を目指すなら子どもっぽい話し言葉はよしなさい」


「わ、わかりましたわ、お姉様……?」


「よろしい。王宮は怖いところなのだから、常に威厳と気品を持たなきゃだめよ。相手に隙を見せたら背中から刺されると思いなさい」


「そんなに!?」


 ぶるぶる震えるジエットに、テラミスはふんっと鼻を鳴らす。


 錬も言葉遣いを改めるべきかと思い、試しに胸に手を当てて会釈してみる事にした。


「お力添え感謝致します、テラミス王女殿下」


「あ、あなたは別に直さなくても……」


「やっぱり似合わないですかねぇ?」


「そういうわけではなく……」


 テラミスは照れたように頬を染めてうつむく。


 ジエットは錬の腕を抱き寄せてうなった。


「……あげませんわよ?」


 そんな二人を見て、やっぱり普通に話した方がいいなと錬は苦笑するのだった。






 話し合いが終わった後。


 砦の居館にあるテラスで昼の風に当たっていると、カインツがやってきた。


「レン、今後はどうするのだ?」


「まだ決まってない。情報が少ないからな。でもハーヴィンと戦う事になるのは間違いない」


 ハーヴィンはこの国に魔力至上主義を広めた人物で、錬とジエットが掲げる奴隷制度の廃止を真っ向から否定する一大勢力だ。


 どのような形であれ、彼とは最終的に決着を付けねばならない。


「目下警戒すべきはファラガの笛と変異種の魔獣だな。ファラガの笛を防ぐ手立てはないし、四属性の変異種なんてのが出てきたらどうしようもない」


「それならば面白い情報を入手したぞ」


「どんな?」


 カインツは不敵に笑った。


「魔獣部隊の隊長を問い詰めて吐かせたのだが、魔獣に魔法具を食わせる事で多属性魔法を使う変異種となるらしい」


「魔法具を食わせる?」


「詳細は奴も知らなかったようだが、食わせる魔法具はどんな物でもいいわけではないと言っていた。そして奴の知る限り、三属性の魔獣が切り札だったそうだぞ」


「ふむ……」


 以前、魔樹の森で出くわした大砂蟲は、地竜を食った事で地竜が使う魔法を行使した。


 そして魔獣が詠唱なしに魔法を行使できるのは、体内に魔石回路と同等のものがあるからではないかとノーラは推測していた。


 それらの情報を合わせてみれば自ずとカラクリが見えてくる。


「たぶん、魔獣に核石以外の属性石を食わせたら、変異種になるんだろうな」


 もしもハーヴィンがこれに気付いていれば、最低でも二属性の変異種は作り放題という事になる。魔石鉱山には火炎石が山のようにあるからだ。


 だが三属性の魔獣が切り札だとすれば、四つ目の属性石を使った魔法具はめったにない可能性が高い。


「貴様はハーヴィンの持つファラガの笛が四属性の魔法具だと言っていたが、四つ目はわからないのか?」


「今のところ見当もつかないな。水の属性石だけが見つかっていないんだ」


 現状、ファラガの笛は世界最強の武器だ。これを無力化する術を考え出さねばハーヴィンに勝つ事はできない。


 そんな風に錬が頭を悩ませていた時である。


「伝令!」


 騎竜にまたがる兵士が一人、砦に走ってきた。


「ハーヴィン王太子殿下が王都を武力で制圧し、王を名乗ったという情報が入りました! 王国法が改定され、今後魔力を持たないものは強制的に奴隷となります!」


「なんだって……!?」


 不穏な報告を耳にして、錬は固く拳を握り締める。


 それはハーヴィンとの戦いの始まりを告げるものだった。

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