第88話 戦いの狼煙(2)
「レンさん、本気ですかっ!?」
悲鳴を上げたのはノーラだ。
錬はというと、結晶貨を前に鉄のハンマーとノミを構えている。
テラミスに頼んで作業場と道具を借り、さぁ割ろうというところで止められたのである。
「離してくれノーラさん。これは必要な事なんだ」
「そうかもしれませんけど、大金貨五枚分のお金ですよ!?」
大金貨五枚――前世でいう一億円相当の宝石を叩き割ろうというのだ。彼女の気持ちはとてもよくわかる。
「たしかにこいつは大金だし、俺だって割りたくて割るわけじゃない。だけど使わなきゃ宝の持ち腐れだ。金だけあっても戦争には勝てない」
「でも……ほ、本当にやるんですか!?」
「やる。俺達の未来が懸かってるからな。いくぞ!」
錬がハンマーを振り下ろすと、結晶貨は音もなくきれいに真っ二つになった。
諦めて脱力するノーラを尻目に、錬は次々とハンマーを振り下ろす。
結晶貨は最終的に小さな八つの塊になった。あまり小さくしても使い勝手が悪くなるので、これくらいに留めた方がいいだろう。
「あぁ……大金貨五枚が……」
「大丈夫、割れても価値は失われない。むしろ数が増えた分、利用価値は広がったと考えるべきだ」
その時、砦に警鐘が鳴り響いた。
「敵襲ー!」
慌ただしく人々が走り回り、衛兵が駆け寄ってくる。
「大賢者様! 敵と思しき部隊が砦へ向かっております!」
「敵の数は?」
「斥候の情報によれば、歩兵およそ三千、地竜二匹、そして竜騎兵が若干名との事です!」
「歩兵三千に対して地竜が二匹……?」
あまりにもバランスが悪い編成である。地竜を攻城兵器とみなすにしても、歩兵が無駄に多すぎる。
「敵の歩兵に何か変わった様子はありますか? 例えば見た事もない武装をしているとか」
そんな問いかけに、衛兵は戸惑った様子で答えた。
「それが……敵は獣人兵です!」
***
その頃、ルード=バエナルド伯爵は玉座の間でひざまずいていた。
「奴隷を兵として運用している?」
「ははぁ!」
玉座にはハーヴィンが座っている。先王の被っていた王冠を頭に載せ、ファラガの笛を膝に置いていた。
「ジエッタニア派は奴隷制度の廃止を目指しております。ゆえに奴隷兵をぶつけてやれば迂闊に攻撃できますまい」
「なるほど。良い手だが、奴隷達がそのままジエッタニア派と合流してしまう可能性はないのかね?」
「それについてはご安心を。策は打っております」
バエナルド伯爵は仄暗い笑みを浮かべた。
「もし期日までに奴隷兵が我が領地へ戻らねば、人質の奴隷どもを処刑する手はずとなっております。奴らにはせいぜい同胞同士で潰し合ってもらいましょう」
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