第12話 志と思惑
王立魔法学園では、一年生から三年生まで学年分けされている。
錬とジエットが所属するのは一年生のクラスである。
エスリに続いて戸をくぐると、教室は大きくざわついた。
教壇から扇状に広がる机に、数十人の生徒達が座っている。皆、色物を見るような目だ。
「獣人の女と平民の男?」
「平民じゃないわ。あの子達、さっき正門で見かけた奴隷よ。ほら、首輪してるし」
「奴隷って事は男の方も魔力なしかよ」
そんなひそひそ声が聞こえてくる。
「皆さんお静かに。本日より新しい仲間が増えましたわよ。さぁ、二人とも。自己紹介なさいな」
「青木錬です。どうぞ錬と呼んでください」
「ジ……ジエットです。白熊人族と人間のハーフです。よろしくお願いします!」
錬達の自己紹介に、けれど返ってきたのは冷笑だった。
学園長のエスリは柔和に微笑むだけで注意する様子はない。担任教師の中年男性も居心地悪そうに咳払いをしている。
「ではノルマン先生、後はお任せしますわね」
エスリはそれだけ言って教室を後にする。
その途端、ワンドの学園章の少年が不敵に笑いながら手を挙げた。
「先生、彼らはこんな時期に魔法学園へ編入するほどの実力者です。その魔力がどれほどのものか知りたいのですが?」
「それは名案です。ぜひ魔力測定をしていただきたい」
「さぞかし素晴らしい魔力量を示してもらえるのでしょうなぁ!」
クスクスと嫌味ったらしく笑うワンドの生徒達。どうやら魔力がないとわかって言っているようだ。
「……よろしい。では魔力測定をしよう」
ノルマン先生が教室の隅にある棚から黒い鉱石を取り、教卓に置く。そしてそれに手を当てると、黒い鉱石は電球を灯したようにぼんやりと紫色の光を放った。
「これは魔光石と言って、このように手を触れるとその者が持つ魔力が光となって見える。二人ともやりたまえ」
「はぁ……」
あまり気が進まなかったが、仕方なく錬は鉱石に手を乗せる。その表面は冷たく、ただひたすら周囲の光を呑み込むかのような暗い闇色をしている。予想通り何も起こらない。
続いてジエットも手を当てるが、結果は同じ。周囲の笑い声が嫌に耳についた。
「これでいいかね? では席に着きなさい」
錬達はノルマン先生に言われるまま、後列左の窓際の席へ向かう。
だがその途中、横から足が生えた事で錬は立ち止まった。そのまま歩いていれば転んでいたところだ。
(何かされるかもとは思ってたが……幼稚な真似を)
周りの生徒達はニヤニヤと笑うか、無視するかの二種類に分かれている。前者は学園章がワンドの者ばかりだ。彼ら彼女らは全員貴族なのだろう。
「……何か用か?」
錬が言うと、周囲の連中が失笑した。
「なぜ亜人奴隷が魔法学園の制服を着ているのだ?」
答えたのは足を出した生徒ではない。頬杖をついて嘲弄するような笑みを浮かべる金髪碧眼の少年だ。
切れ長の目は鋭く吊り上がっており、動作の一つ一つに優雅さが漂う。さっきの魔力測定を最初にけしかけたのも彼だった。
「理由が知りたければ学園長にでも聞いてくれ」
「おい貴様! 亜人奴隷の分際でカインツ様になんたる態度だ!」
「カインツ?」
「様を付けろ! カインツ様はシャルドレイテ侯爵家の嫡男だぞ。本来貴様のような下賎の者が会話できるような御方ではないのだ!」
取り巻きの生徒達が罵声を浴びせてくる。
ジエットが文句を言いたげに口を開いたが、錬はそれを手で制した。この手の輩には下手に噛み付くとロクな事にならない。
「……カインツ様。どうか見逃していただけませんでしょうか?」
胸に手を当てて会釈すると、ワンドの生徒達が見下すような目付きで笑った。
「はっ、情けない奴」
「そう言ってやるな。奴隷にしては多少の礼儀をわきまえているようだ。誰かさんと違ってなぁ?」
カインツの言葉で、女生徒の一人がビクリと身を震わせた。
栗色のセミロングに丸眼鏡をかけた少女だ。制服は錬達と同じクラブのもので、蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上がっている。
「おい、ノーラ! カインツ様はお前の事を言っておられるのだぞ!」
「は、はい! すみません……っ!」
「やれやれ……平民のくせに奴隷よりも礼儀知らずとは恐れ入る」
皮肉たっぷりに貴族達がせせら笑う。
「魔力なしが魔法学園へ何をしに来たのかは知らんが、我々の視界に入らぬよう隅っこで大人しくしていろ」
そう言ってカインツは猫を追い払うように手を振った。取り巻きの生徒も足を引っ込める。
そうして転生後初の授業が始まったのだった。
「……読めない」
授業が始まって早々につまづく錬である。
板書の文字はミミズがのたくった跡のようにしか見えず、さっきからずっと置いてけぼり状態だ。
異世界の言葉を喋れるので案外読めたりするのではと期待していたが、まったくそんな事はなかった。ノルマン先生の口頭での説明だけで何とか理解しようと努めるものの、断片的にしか内容がわからない。
錬の手元には棒状の木炭に布を巻いた鉛筆と、カンナで削ったような薄い木目紙がある。皆はそこに板書を写しているが、錬だけはまっさらのままだった。
(考えてみれば俺、転生時点で奴隷だったもんな……。識字率も低そうな世界だし、勉強なんてしてるわけないか)
ジトッとした目で板書を睨んでいると、周囲からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「あの編入生、さっきから何も書いてないぞ?」
「文字が書けないんじゃない?」
「魔力なしで文字も書けないって、何のために魔法学園に入ったんだよ?」
そんな彼らの嘲笑から逃れるように顔をそらすと、ふとジエットと目が合った。
「大丈夫だよ。後で私のを見せたげるからね」
「……ジエットは文字が書けるのか?」
「これでもお姫様だしね!」
小声でガッツポーズをするジエット。
「おお、さすがだな! ちなみになんて書いてるんだ?」
「んっ?」
「ん?」
二人そろって笑顔のまま固まる。
教壇から聞こえる先生の声と木炭鉛筆の音だけが鼓膜を震わせていた。
「……まさかとは思うが、書けるだけで読めなかったりするのか?」
「五歳から奴隷だしね!」
「自慢げに言う事じゃないな!」
錬は肩を落としてうなだれた。
「まったく、頼りになる相棒だよ……」
「な、何となくはわかるんだよ? たぶん魔法の使い方とかが書いてあるんじゃないかな~……と思う」
ジエットは頬を掻いて苦笑いする。
「魔法の勉強の前に、読み書きから教えてくれる人を探さないといけないな……」
「でも私達、読み書きを覚えても魔法は使えないよ?」
「使えないなら使えないで別のやり方を探すさ。幸い面白そうな素材も手に入ったし」
「面白そうな素材って?」
「これだ」
錬は皮袋を机の上に置いた。ジャラリと音を立てて中のコインがこぼれ出る。
「……銀貨?」
「そうだ。魔石の回路に銀を加えれば何か新しい発見があるかもしれない」
錬は机の上で魔石や火炎石を並べ、あれやこれやと実験を繰り返す。
色の違う魔石二つに銀貨を繋いだり、火炎石と銀貨を繋いだりといった具合である。
「見ろよあいつ。石ころとお金で遊んでやがる」
「かわいそうに……授業は諦めたんだな」
そんな中傷と嘲笑の声も今やどうでもよくなり、錬はその日の授業時間と休憩時間をひたすら石とコイン並べに費やす。
そうして終了の鐘が鳴り響くや、錬は叫んだ。
「ジエット……発見したぞ!」
「えっ? えっ? 何が……?」
赤面して狼狽するジエット。思わず手を握り締めてしまったようだ。
「色差のある魔石二つの間に火炎石を繋いで輪にすると、爆発を起こすのは知ってるな?」
「魔石エンジンで使ってた現象だよね」
「ああ。火花が散る程度しか残ってないクズ魔石で色々試してたんだけど、面白い事がわかったんだ」
「どんな?」
「銀は魔石回路の導線に使えるらしい」
錬は明るい魔石、火炎石、暗い魔石の輪の間にそれぞれ銀貨を挟む。すると線香花火のように小さな火が弾けた。
「へぇ、銀貨を入れてもちゃんと動くんだ……」
「そうなんだよ。これができるとめちゃくちゃ幅が広がるぞ。金属線で繋げられるなら、魔石回路が格段に作りやすくなる。いずれ他の金属でも試してみたいところだ」
「銀って高そうだもんね」
ジエットはうんうんとうなずく。
「発見はもう一つある。魔石回路に、更に空っぽになったクズ魔石を入れると、充電ができるんだよ!」
「じゅうでんって何?」
「……充電ではないな、電気じゃないし。充魔力……? 充填? とにかく魔石に魔力を補充できる!」
「それはすごいね!?」
ジエットが身を乗り出して驚く。
「まぁ補充するには使える魔石を消費しないといけないんだけどな」
「あんまりすごくなかったね……?」
一転、ジト目になるジエットである。
「いやいや! これはこれで使える性質だぞ。コンデンサとして使えば回路の瞬断を防止できるし、割れば容量調節も可能だし、他にも――」
錬は必死に発見の有用性をアピールするが、あまり伝わっていなさそうなのは気のせいではないだろう。
諦めて一息つくと、ジエットは噴き出して笑った。
「ずいぶんと楽しそうだね?」
「楽しいとも。これからもっとすごい道具を作ってやるから期待しておいてくれ」
「奴隷制度廃止のための、だね!」
「そうだ」
バエナルド伯爵所有の奴隷である錬達は、彼の元へ戻されるまでの間に行動を起こさなければならない。
与えられた猶予は卒業までの三年間。生きるも死ぬも、この三年で決まるのだ。そう考えると嫌でも気合いが入る。
「鉱山で待ってるおっさん達のためにも! 俺達はやるぞ!」
「やるぞー!」
「戦いはここから始まるんだ!」
「始まるんだー!」
「でもその前に読み書きだな……」
「あ~……」
一転、だらしなくくずおれる半獣少女に、錬は苦笑するのだった。
***
「――その報、まことか?」
そんな問いかけに、ルード=バエナルド伯爵は深々と頭を垂れた。
玉座から身を乗り出しているのは、宝石をあしらった王冠にきらびやかな衣装とマント、白いひげをたくわえた老人。
アグニス=エルト=グラン=ヴァールハイト国王陛下である。
鉱山での騒動の後、伯爵は事の次第を伝えるべく王都へ竜車を走らせたのだが、待ち構えるように立っていたエスリ=ローズベルと出くわし、一緒に報告する事になってしまった。
ちなみにそのエスリは今、伯爵の隣で一緒にひざまづいている。
(まったく忌々しい女だ。ローズベル公爵家の人間でなければ蹴落としてやるものを……)
そんな内心を見透かしたか、エスリは横目を向けて薄く微笑んだ。
「エスリよ、間違いないのか?」
「左様にございます。鉱山にいた半獣の少女は、たしかにジエッタニア=リィン=ヴァールハイト第七王女殿下を名乗っておりましたわ」
「生きておったのか……」
王は玉座に座り直し、深く息を吐く。
生存報告を喜んでいるというより、ただただ驚いたという様子である。
「陛下、断定するには早計にございます。あやつが偽物という可能性もまだ捨てきれませぬぞ」
「たしかに現時点では本物とは言い切れぬ。しかし王立魔法学園にいるのであろう? ならば今は監視するに留めよ」
「監視……でございますか?」
「そうだ。この事は他言無用である。そして在学中、ジエッタニアへの一切の手出しは許さぬ」
「――父上、生ぬるいのでは?」
口を挟んだのは、玉座の隣に立つ青年、ハーヴィン=グラン=ヴァールハイト王太子だ。
王に引けを取らぬほど立派な衣装に身を包み、切れ長の目で伯爵を睨み付ける。
長年、人の上に立ってきた伯爵をしてなお、その視線には底知れぬ圧を感じる。
「ならばどうすべきと考えるのだ、ハーヴィンよ」
「本物ならば良し。しかし偽物であるなら、王族の名を騙る不届き者となるでしょう。そのような者を放置しては王家の威光を貶める事にも繋がります。今すぐにでも確認すべきと私は考えますが?」
「ならん」
王は強い口調で否定する。
「レンなる少年奴隷が魔法具の知識を本当に持つなら、ぜひとも我が国の力としたい。しかしそやつはジエッタニアを慕っているというではないか。ただでさえバエナルド卿と揉めておる以上、刺激するのは得策ではない。ジエッタニアが正式に名乗り出たならこの限りではないが、王女である事を周知せず、魔法学園で管理されている間はそっとしておくのだ」
「……御意に」
ハーヴィン王太子は大人しく引き下がる。
その口元が歪んでいるのを見て、伯爵は背筋を震わせるのだった。
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