第二章

第11話 王立魔法学園

 魔石鉱山での騒動から一夜明け、竜車に揺られること数時間。


 辿り着いたヴァールハイト王立魔法学園は、王都の中心地にあった。


 人々の往来は多いが、電柱も街灯も自動車もない中世のような街並みだ。見渡す限り背の低い平屋ばかりの中、荘厳な建造物が一際目立っている。


 暖かい時期のため緑が多く、花壇も庭園も花が咲き乱れている。バエナルド伯爵の屋敷も立派だったが、学園とその敷地は数段上の美しさだった。


「さぁ、着いたわ。二人とも降りてちょうだい」


 学園長のエスリに促され、錬とジエットは竜車から出る。


「ここが魔法学園か……」


「人がいっぱいいるね」


 ジエットは目を輝かせながら行き交う人々を眺めている。


 大半が、黒地に金の装飾をあしらったアカデミックガウンに帽子を被った少年少女達だ。


 反面、錬とジエットは薄汚れたボロを着ている。


 昨晩エスリの泊まっていた宿で湯浴みさせてはもらったが、奴隷を買う事など想定していなかったため着替えがなかったのだ。


「視線が痛いな……。完全に場違いだぞ、俺達」


「裏から入りましょう。付いて来なさい」


 歩いて行く彼女の背を追い、錬達はこそこそと逃げるようにして学園内へ足を踏み入れる。


 廊下は石造りで、アンティーク調の装飾が施されていた。天井には透明な雲母板がはめ込まれた採光窓が等間隔に配されており、思いのほか明るい。


「授業は座学と実技で、一日六時間。飢えて死なれると困るから、食事は朝晩二回学生食堂で無料配給されるように手配しておいたわ。食堂にはテーブル席があるけれど、悪目立ちするからあまり使わない方がいいわね。お昼も食べたければ各自で用意なさい」


 そうして裏口を抜け、錬達は緑の中に建つ学生寮へ連れられた。


 寮舎は木造二階建てで、中はテーブル一つに二段ベッドだけと非常に簡素な部屋だ。


「今日からここがあなた達の住まいよ」


「ふ、ふ、二人部屋なんですか!?」


 ジエットが焦ったように尋ねる。熊耳の毛が尖って見えるのは気のせいではないだろう。


「ここは平民舎だから全部相部屋なの。何か問題でも?」


「いえ……その……」


「あらあら。別に口うるさく言うつもりはないけれど、節度を持ちなさいね。ここ、壁が薄いから隣に丸聞こえよ?」


「な、何も問題ありません!」


 顔を真っ赤にして牙を剥くジエットに、エスリはニヤニヤといやらしい笑顔を向ける。


 上品な振る舞いはあくまで表の顔で、中身はその実いい性格をしているようだ。


「まず、あなた達にはこれを着けてもらうわ」


 差し出されたのはベルトのようなものだ。革製で肌触りが良く、艶やかな光沢がある。金具には小さな南京錠がぶら下がっていた。


「これは?」


「奴隷の首輪よ。焼き印の紋章はローズベル家の家紋、横のサインはわたくしの名前」


 エスリの言う通り、首輪にはバラのようなデザインの焼き印とサインが施されていた。


「鉱山では首輪はありませんでしたけど、ここでは着けないといけないんですか?」


「基本的に奴隷は首輪を着けないといけないわ。ただ、バエナルド伯爵は奴隷を鉱山から出さないし、安く買い叩いて使い捨てていたみたいだから、首輪代をケチったのではないかしら」


「最低な理由ですね……」


「ひどい……」


 改めて自分がどれほど過酷な環境に置かれていたかを知る錬とジエットだった。


「それよりごめんなさいね。本当は二人とも解放してあげたいのだけれど、そうもいかないから」


「それは別に構いませんけど、解放できない理由が?」


「ええ。正直に言うと、あなた達二人の所有権は今もバエナルド伯爵にあるの。わたくしは卒業までの三年間、期間限定で借り受けているだけ。よっぽど手放したくなかったみたいね」


「えぇ……」


 あれほど論破されて、なおも食い下がってくるとはしつこい男だ。


「でもまぁ、それだけじゃないけれどね……」


 エスリは肩をすくめて嘆息する。


「解放すればあなた達の身の安全を保証出来ないの。特にジエットさんは半獣だから危険度は高い。でも奴隷なら、何かされた場合に主人は損害賠償を求める権利がある」


「……首輪が抑止力になるわけですか。でもそれならジエットが王女様だと公表すればいいんじゃないですか?」


「だめよ」


 エスリは目を伏せて首を振った。


「第七王女殿下は七年も前に死んだ事になっているの。それが突然現れたとなれば大騒ぎよ? 偽物とされれば死罪だし、本物とわかってもこのご時世では半獣の王女様なんて暗殺されるのがオチ。在学中は学園が保護するけれど、限界はあるわね」


「物騒な話ですね……」


 護衛が付いていたというランドール第一王子ですら暗殺されたくらいだ。護衛すらいない今のジエットなどひとたまりもない。


 それでなくとも人さらいが横行するような人権意識の低い世界である。エスリの言う通り、ここは奴隷の首輪を着けておいた方がいいだろう。


「じゃ、次はこれに着替えてちょうだい。余り物だからサイズが合うか確認するのよ」


 渡されたのは先ほども見たアカデミックガウンだ。錬の体格は年相応らしく、ピッタリの制服が見つかった。


 だがジエットに合うものはなかったようで、ダボダボのガウンを羽織っている。


「ちょっとサイズが大きいです……」


「困ったわねぇ……平民用の制服はここにあるものしかないのよ」


「制服に平民用とかあるんですか?」


「ええ。肩にある紋章が杖のものは貴族、棍棒が平民よ」


 言われて見ると、たしかに肩のところにワッペンがあった。錬が着ているものは一本の棍棒が、エスリのものはクロスした二本の杖が描かれている。


「ちなみに非公式だけれど、生徒達は貴族を『ワンド』、平民を『クラブ』と呼び分けているから一応覚えておくといいわ」


「はぁ。なんで貴族と平民をわざわざ分けてるんです?」


「当魔法学園の学園訓に『学び教えを乞う者に、あまねく門戸を開くべし』とあるの。でも貴族達が平民と同列に扱われる事を嫌うので、仕方なく制服を分けたというわけ。不本意ながらね」


「一応確認しますけど、奴隷が貴族用のを着るわけにもいかないですよね?」


「着せたら暴動が起きてもおかしくないわね」


「だそうだ。ジエット、諦めよう」


「そんなぁ……」


 熊耳を伏せて落ち込むジエット。


 しかし袖口からほんの少し指先がはみ出ているのが、まるで妹が背伸びをして姉の服を着ているみたいである。


「……萌え袖って言うんだっけな、こういうの」


「もえ……?」


「あぁいや、こっちの話。まぁ、俺は可愛いと思うぞ」


「そ、そうかな……?」


 ジッと己の衣服を見つめ、ジエットは何かを決めたように拳を握り締める。


「エスリ様、この服でお願いします」


「そう? 少し大きいけれど、あなたが構わないならよいでしょう。ところで様はやめなさい。ここでは学園長かエスリ先生と呼ぶように」


「はい、エスリ先生」


「よろしい。それじゃ、最後にこれを渡しておくわね」


 エスリはポケットから口紐の付いた小さな皮袋を一つ取り、錬に手渡してくる。


「これは?」


「お小遣いよ。銀貨を十枚入れてあるわ。使い方は問わないから、二人で有効活用なさい」


 袋の中を覗き見ると、くすんだ銀色のコインが入っていた。一枚が五百円玉くらいのサイズで、歪な円の中に女性の横顔が刻印されている。


 この世界の貨幣価値はわからないが、銀貨がそれほど安いとも思えない。


「……どうしてここまでしてくれるんです?」


「先行投資よ。これでもあなた達には期待しているの」


 エスリは柔らかに微笑み、錬とジエットの肩にそれぞれ手を置いた。


「二人が目指すのは苦難の道。わたくしは応援しているけれど、必ずしも手助けできるとは限らない。だからこの先何かあっても、自力で問題解決するよう努めなさいな」

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