第十五話 ダヴィデとの対決

 いくら気の合うダヴィデに懐いたからといって、シュツェルツも暗殺者たちが死んだ原因が毒かもしれず、その謎を解明すれば首謀者に近づけるかもしれないことを忘れたわけではなかった。


 ダヴィデが毒物を専攻していたという話を引き出したシュツェルツは、自分を襲撃した暗殺者たちが二人とも心臓麻痺で死んだことを話して、意見を求めようとした。

 しかし、なんとなく言い出せなかったのだという。


「せっかく楽しく話しているのに、こんな話をしていいのかな……と思って。それに……」


 叔父上を巻き込んでしまうかもしれない、と考えるとシュツェルツはとたんに怖くなった。

 申し訳なさそうに「ごめんね。君にばかり調べさせて」と言うシュツェルツのうしろに回り込み、アウリールはその頭にぽん、と手を置いた。


「お気になさらず。わたしは医師です。専門家に任せておきなさい。殿下こそ、ずいぶん調べてくださったのでしょう? 異国の書まで」


「……まあね。僕、語学だけは得意だからさ」


「日常会話や読み書きができても、専門用語が出てくる本は難解なものですよ。殿下はよく頑張っておいでです」


「そうかな……うん、ありがとう」


 シュツェルツのサラサラとした頭髪から、アウリールは手を離した。

 手を焼かされることもあるが、六年前からお仕えし続けているシュツェルツは、ただ一人の主君であると同時に歳の離れた弟のようでもあり、自分にとってかけがえのないお方だ。


 だからこそ、見極めなければならない。

 ダヴィデがシュツェルツに近づく、その理由を。


   *


 アウリールはダヴィデが宿泊している東殿の客室を目指し、歩いていた。

 本来、東殿は国王一家および、この幻影宮に部屋を与えられた宮仕えの者たちの生活の場だ。しかし、王妃の実弟という立場のダヴィデは、王室の親族として特別にこの東殿に部屋を用意されていた。

 長い廊下を歩いていると、目的の部屋に着く前に、捜していた人物を見つけた。


「やあ、アウリール。また会ったね」


 ダヴィデは廊下の白亜に背中を預け、こちらを眺めながら笑みを浮かべていた。相変わらず、人を食ったような笑みだ。観察した限り、シュツェルツや女性たちの前ではこういう表情は見せないようだが。

 アウリールが表面的なお辞儀をすると、ダヴィデは豪奢な客室の扉を指し示す。


「わたしに話があるのなら、中で話そうか。誰かに聞かれては事だからね」


 もしかして、自分が追ってくるかもしれないと思い、わざわざここで待っていたのだろうか。


(……察しのいい男だ)


 この男は多分、ただの陽気な女たらしではない。

 アウリールは表情を引きしめて頷いた。


「そうしていただけると助かります」


 ダヴィデに導かれるまま、アウリールは室内に入った。

 王室の親族が宿泊する部屋だけあり、中は広く、天蓋つきの寝台やくつろげる長椅子にローテーブル、それにティーテーブルまで完備されている。

 ダヴィデが長椅子を手で示す。

 

「そちらにかけたまえ」


 アウリールは礼を述べ、言われた通りに長椅子に腰かけた。ダヴィデが向かいに座る。彼のほうが身分は圧倒的に高いのに上座を勧めてくるあたり、自分を単なる甥の臣下ではなく客人として扱ってくれるらしい。

 向かいの一人がけのソファーに腰かけたダヴィデは、優雅に首を傾げた。


「で、わたしになんの用かな?」


「シュツェルツ殿下に妙なことを吹き込むのはおやめいただきたい。ただでさえ、殿下は多感なご年齢なのです。必要以上に女性への興味をお煽りにならないでください」


「何も教えないほうが逆に危険だ。それとも、君は必要に応じて『そういうこと』を教えられるのか? わたしには、そうは見えないが」


「……必要最低限のことなら、お教えできますよ。わたしの他にももう一人、殿下のお付きはおりますし」


 ダヴィデはソファーの肘掛けに頬杖をつく。


「エリファレット・シュタム君だったかな? シュツェルツが教えてくれたよ。でも、彼も生真面目な性格だそうだね」


「そうでもございませんよ。あれでいて、許嫁いいなずけがおりますから」


「許嫁ねえ。ずいぶんと清い関係を連想させる言葉だ。まあ、いい。アウリール、君は本当にそんなことを言うためにここに来たのか?」


 ダヴィデに釘を刺すことも立派な目的のひとつだと思っているアウリールは、冷ややかに彼を見返した。


「むろん。ですが、他にふたつほどお尋ねしたいことがございます」


「なんだろうね」


「まずひとつ目は、毒についてです。ダヴィデ殿下、あなたは大学で毒物をご専攻なさっておいでだったとか。心臓麻痺を起こしたように見え、従来の検出方法では見つからない毒に心当たりはあられますか?」


「シュツェルツから聞いたのか? また、穏やかでない質問だねえ。誰か暗殺未遂にでも遭ったのかな?」


 この男は、二か月前、シュツェルツが暗殺未遂に遭ったことを知っている。ということは、この質問には答える気がないということだ。アウリールは冷淡に応じる。


「お答えになるおつもりがないのであればご自由に。……では、ふたつ目の質問です。なぜ、シュツェルツ殿下にお近づきになるのですか」


 ダヴィデが初めて真顔になった。


「ずっと以前から、おかしいとは思っていた」


 なんだ? 何を言おうとしている?

 アウリールの困惑をよそに、ダヴィデは話し続ける。


「姉からの手紙にはアルトゥルのことは書いてあっても、シュツェルツのことはほとんど書かれていなかった。甥たちが成長するにつれて、それはより顕著になっていった。姉はメルヒオーア陛下のこともほとんど書いてよこさなかった。……まあ、夫のことは仕方ないのかもしれない。姉はイペルセとマレ、両国の友好のために嫁いでいったのだから」


 ダヴィデは目を伏せた。


「王子として生まれながら、まあまあ好きさせてもらっているわたしなんかと比べて、姉は気の毒だったよ。だが、だからといって、我が子を放置していい理由にはならない」

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