第十四話 アウリール、振り回される

(まったく……なんなんだ、あのイペルセの王弟は)


 アウリールは心の中で悪態をついた。

 ダヴィデ王子の訪問からはや数日。初対面のアウリールを女性と見間違えそうになるという、とんでもなく失礼なことをしでかしたかの王子は、その恵まれた容姿と爽やかな弁舌、陽気な性格で女官や貴族令嬢からもてまくっていた。


 しかも彼は、そういうあわよくば玉の輿を狙いたい女性たちに気のある素振りを見せているようだ。

 マレの男たちから見れば、とんでもない人物である。


 さらに困ったことがひとつ。

 アウリールはシュツェルツの部屋の扉を叩く。主君の返事があったので中に入ると、シュツェルツが長椅子に座りチェスをしていた。

 あのダヴィデ王子と。


「今はどちらかというと小柄だけど、シュツェルツはあと二、三年もしたら身長がわたしくらいになると思うよ」


「だったらよいのですが。これくらいの身長だと、可愛いと言われることはあっても女性からもてなくて」


「今だけだよ。君はやはり、我がイペルセ王室の血が濃いようだからね。イペルセの男は王族だろうが庶民だろうが、女性の気を引くことに命を懸けているといっても過言ではない。シュツェルツ、君も女性が大好きだろう?」


「はい! 大好きです。最近では美人だけでなく、女性はみな等しく尊いと思うようになりました」


「そうだろう、そうだろう。シュツェルツ、イペルセに留学してこないか?」


「謹んでお断りいたします」


 アウリールはにっこりと不穏な笑みを浮かべながらイペルセ語の会話に乱入した。

 そう。シュツェルツはすっかり叔父のダヴィデに懐いてしまっている。それは別に構わない。問題は、ダヴィデが極度の女たらしだということだ。


 このままでは思春期のシュツェルツに悪影響を与えかねないと心配になり、アウリールは部屋を覗いてみたのである。一体、彼らは自分が入室する前にどんな話をしていたのか、と考えると、アウリールは頭を抱えたくなった。

 シュツェルツはふくれっ面をする。


「アウリール、勝手に決めないでよ」


「殿下がイペルセにご留学なさるおつもりなら、わたしは全力でお止めいたします」


「ええ~、どうして?」


 母親に愛されなかった反動で過剰に女性に関心を持つようになったシュツェルツが、イペルセに留学したらどうなるか。

 第二のダヴィデになることは目に見えている。

 アウリールはぴしゃりと答える。


「殿下の将来のためです」


 ダヴィデが肩をすくめた。


「アウリール、君は伸び盛りの子どもの成長を制限したがる、つまらない親のようなことを言うねえ」


(……誰のせいだと思っているんだ)


 第一、この男にファーストネームで呼ばれたくない。


王手チェックメイト


「また負けた! 叔父上はお強いですね」


 アウリールがダヴィデに冷たい視線を送っているうちに、チェスの勝負はついたらしい。ダヴィデはニコッとシュツェルツに笑いかけた。


「いやいや。でも、シュツェルツも強いからね。こちらがハッとするような手を指すことがある。きっと、わたしが帰国するまでには勝てるようになるよ」


「叔父上は、どのくらいこちらにご滞在なさるのですか?」


「大体半年くらいかな。ああ、王命の仕事のためだよ。兄王に許可は取ってあるから、心配しないでくれ」


 アウリールは絶望しそうになった。


(半年もこいつと顔を合わせなければならないのか……)


 一方、シュツェルツは嬉しそうだ。


「よかった。すぐにお別れするのかと思うと寂しくて。半年もおいでになるのなら、こちらで奥方が見つかるかもしれませんね」


「だといいのだが。わたしは『真剣に愛せる女性が見つかるまで、蝶が花々を渡るように恋愛し続ける』のが信条でね。そんなこんなで、もう二十九だ。いい加減、そういう女性と出会いたいものだよ」


(だとしても、限度ってものがあるだろ。粉をかけすぎなんだよ!)


 アウリールの心の声を知らないシュツェルツは感嘆したようだ。


「素晴らしいです……! 僕ももう少し背が伸びたら、是非それを信条にしたいです……!」


「……頼むからおやめください殿下」


 シュツェルツがぎょっとしてこちらを見る。どうやら怨嗟の声が口から出ていたようだ。


「ふふ。このままでは、彼に心労をかけすぎてしまうようだ。わたしはそろそろお暇するよ。またね、シュツェルツ」


(絶対、分かってやっているだろ……)


 アウリールは席を立つダヴィデを睨めつけた。まことに腹の立つことに、シュツェルツは親しげにダヴィデに手を振っている。


「叔父上、では、また」


 パタン、と扉が閉められ、完全にダヴィデが出ていってしまうと、アウリールはシュツェルツの座る長椅子の横に立った。今さっきまでダヴィデが座っていた椅子になどかけたくなかったのだ。

 気を取り直してアウリールはシュツェルツに話しかける。


「殿下、わたしが参上する前、ダヴィデ殿下とはどのようなお話をなさっておいででしたか?」


「うーん、色々お話ししたけど、一番おもしろかったお話は『女性の上手なあしらい方』かな。それはもう、見事なんだよ」


「……いえ、内容は知りたくございません」


「どうしたの、アウリール。部屋に入ってきてから、ほぼ顔が引きつっているよ」


「少し事情がございまして」


 アウリールは決心した。これ以上、シュツェルツに妙なことを吹き込ませるわけにはいかない。

 あの色ボケ王弟にきっちりと釘を刺しておく必要がある。


「あ……そうだ。大切なことを忘れていた」


 シュツェルツが真面目な表情で付け加える。


「叔父上は大学で医学を学ばれたそうなんだけど、専攻は毒物だったんだって」

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