第十一話 思わぬ話
ベティカ公との面会は翌日に決まった。他の面会希望者はあと回しにしてある。彼らも相手があのベティカ公となれば、進んで道を譲るだろう。
面会の調整はアウリールにしてもらっている。彼は侍医としての能力だけでなく、秘書の才能もあるらしい。もっと忙しくなってきたら、アウリールを私設秘書に任命しようか、とシュツェルツは思い巡らしている。
面会の対策もアウリールが一緒に考えてくれた。ベティカ公役を演じるアウリールの質問は鋭く、本番はこれ以上に厳しいのかと思うと、軽く悪寒がした。
当日、シュツェルツは自室のティーテーブルの前に置かれた椅子に座り、ベティカ公を待った。
以前、エリファレットが言っていた通り、近い内にテーブルと長椅子を揃えたほうがよさそうだ。
面会中はアウリールがうしろに控え、事態を見守ることになっている。アウリールがいてくれるだけで勇気が湧いてくるのだ。
約束の時間ちょうどに、ベティカ公が入室してきた。うしろには嫡子のツァハリーアスを伴っている。ベティカ公は胸に手を当て、お辞儀をした。さすがは筆頭公爵。実に洗練された動作だ。
「シュツェルツ殿下、此度は拝謁のお許しを賜り、御礼申し上げます」
シュツェルツは鷹揚に応じてみせる。
「いや、こちらこそ、そなたには一度会ってみたいと思っていたところだ。ご令息とともにそちらにかけてくれ」
二人は椅子に腰かけた。間近で見るベティカ公はツァハリーアスとよく似ていた。ツァハリーアスが二十歳ほど綺麗に年齢を重ねれば、今の父親と同じような美丈夫になるに違いない。
ベティカ公は、真昼の空の色をしたツァハリーアスの瞳とは対称的な、紺色の目をこちらに向けた。
「先日は帰国早々、災難でございましたね」
「ああ、暗殺未遂のことか。近衛騎士たちのおかげで事なきを得た」
「まだ首謀者は見つかっておりませぬな」
「そうだな。その辺りの事情はそなたのほうが詳しいと思うが」
ベティカ公は上品に苦笑した。
「そうでもございませぬよ。王室のお方を狙った暗殺の捜査は、未遂にせよそうでないにせよ、秘密警察の管轄でございますから。だからこそ、殿下にお尋ねしたいのです。首謀者に心当たりはございますか?」
早速きたか。何気ない会話を装い、彼はこちらを試している。シュツェルツは快活な笑みを浮かべてみせた。
「心当たりがありすぎて困るくらいだ。僕を邪魔に思っている者は、この宮廷にいくらでもいる。そなたこそ父の右腕ゆえ、心当たりがあるのではないか?」
本音を交ぜた上で、情報を引き出そうと試みる。ベティカ公は笑った。
「心当たりならば数人は。ですが、どなたも高貴なお方ゆえ、おいそれとは挙げられませぬ」
「ほう……。まだまだ枕を高くして眠るわけにはいかないようだ」
シュツェルツは言葉とは裏腹に、余裕たっぷりに応じてみせた。自分の図太さは大物感を演出するのに有効だ。
やはり怪しいのは、臣下としては第二位の大神官という地位にありながら、神官長に降格されたハルヴィロ・ガイアーか。あまり考えたくないが、シュツェルツを王位に即けたくない親族の可能性もある。
いずれにしても判断材料が足りないから、本当にベティカ公も首謀者を知らないのだろう。
「殿下は二年間、シーラムに留学しておいでになりましたね」
話題が変わった。シュツェルツは気を引きしめる。
「ああ。ようやく馴染んできたところで帰国することになったよ」
「何をお学びになりましたか?」
これは……かなり難しい質問だ。だが、模擬面接の際、アウリールが同じような質問を投げかけてきた。自分が王太子になったあとに必要なことをどれだけ学べたか。要はそれを問われているのだ。
「あちらの学院では様々なことを学んだ。王族や貴族の子弟が学ぶ場所ゆえ、帝王学のなんたるかを叩き込まれたよ。僕は第二王子ゆえ、ずいぶん勉強になった。だが、もっとも重要な学びは人脈の大切さだ」
「と、おっしゃいますと?」
「学院を卒業したあとも、そこで得た友人関係は努力次第で継続してゆくことが可能だ。縁を結ぶ機会が限られている異国人同士だからこそ、その関係は非常に貴重だよ。次期王位継承者のマルヴィナ殿下と親友になれたことは、僕にとって生涯の宝だ」
ベティカ公の口元がほころぶ。
「次期王位継承者と。それはそれは……さすがでございますな、殿下」
別に彼女が第一王位継承者だから狙って仲良くなったわけではないのだが、あえて補足はしないでおく。
「では、その人脈をお使いになり、将来、殿下はこの国をどのようになさりたいですか?」
これも予想していた質問だ。シュツェルツは模擬面接で行った応答を思い出す。飾る必要のない、自分が本当にしたいことを。
「僕は、この国で起こる理不尽を少しでも減らしたい」
ベティカ公は意表を突かれたような顔をした。
「理不尽、とは?」
「民が飢えること、女性に様々な制約があること。最たるものは為政者が好き勝手にできることだ」
ベティカ公の紺色の瞳に、今までとは違う光が宿った。
シュツェルツは続ける。
「不公正と言い換えてもよい。僕はそれをなくしてゆく。たとえ王族として間違っていると言われても」
ベティカ公は愉快そうにククッと喉で笑った。
「殿下は面白いことをおっしゃる」
返答を間違えただろうか。けれど、これだけは偽ることのできない理念だ。もし、口当たりのよい嘘を述べれば、自分はアウリールとベアトリーセの仲を引き裂いた父と同類に落ちてしまうだろう。
手に汗を握るシュツェルツに、ベティカ公はにっこりと笑いかけた。
「殿下はご婚約なさっていらっしゃいませんが、ご結婚は考えておいでですか?」
「は?」
面食らったあとで、シュツェルツは気づく。
これはもしかして、ベティカ公の身内の娘との結婚をほのめかされているのだろうか。
ふと視線を感じ、そちらを見ると、ツァハリーアスがものすごい顔でこちらを睨んでいた。
(やれやれ、多分、間違いないな……それにしても、いちいち腹の立つ奴)
嫌な奴確定のツァハリーアスは置いておいて、シュツェルツは適当な言い訳を考えなければならなかった。
とはいえ、結婚話が出たということは、ベティカ公は自分を気に入ってくれたということだろう。恋愛も満足にしていない身で、婚約や結婚などまだしたくはないが。
シュツェルツは複雑な気持ちで言葉を返した。
「兄が婚約していない状況で、僕が独断で話を進めることはできない」
兄に婚約者がいないのは、相手方が婚約に躊躇するほど病弱なためだ。
子どもたちには無関心だが、政治的な利用価値は認めているだろう父に対し、母は兄を差し置いてシュツェルツが婚約することに大反対するに違いない。まして、相手が大貴族ベティカ公の身内となれば。
「なに、焦る必要はございませんよ」
ベティカ公は不穏な言葉を口にしたあとで、表情を緩めたまま言った。
「ベティカ一門は、有事の際にシュツェルツ殿下にお味方することをお約束いたします。必要とあらば、誓約書を差し出すことも
「それはありがたい。僕は暗殺未遂の首謀者を自らの手で捜し出したいと思っている。時が来れば、そなたの力を借りたい」
一刻も早くこの場から逃げ出したいと思いながら、シュツェルツはそう述べた。ベティカ公がにこやかに言い放つ。
「むろんでございます。未来の娘婿には、是非ともご無事でお過ごしいただきたいですからな」
うしろでアウリールがくすくす笑う声が聞こえた。
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