第五話 奇妙な事実

 シュツェルツたちは南殿から来た時とは別の渡り廊下を使い、国王一家の住居となっている東殿に向かった。兄に会うためだ。東へ伸びた長い渡り廊下を抜けると、懐かしい東殿が広がっている。


 生活空間である東殿は豪奢さを備えつつも、どこか安心感が漂う。

 女官の詰所に赴き、兄との面会を取りつけようと思ったところで、先ほど南殿で別れたデニスとケヴィンに再会した。ぴしりと敬礼したものの、二人とも一様になんとも言えない表情をしている。


「どうした?」


 上司であるエリファレットが声をかけると、二人は目配せし合う。口を開いたのはデニスだった。


「実は……殿下と隊長に申し上げたいことがあり、わたしどもだけ、こちらでお待ちしておりました。捕らえた暗殺者たちのことですが……」


 彼がなおも言いにくそうにしているので、シュツェルツは思わず尋ねた。


「何があったの?」


「暗殺者たちは、二人とも死にました」


 一瞬、シュツェルツは何を言われたのか分からなかった。エリファレットが低い声で問う。


「自害したのか? 武器を隠し持っていたか……」


「いえ、武器は奪った長剣と短剣だけでした。移送中に突然、まるで心臓発作でも起こしたように苦しみ出して……」


「二人のうち、一人がですか?」


 発作と聞いて、侍医であるアウリールが尋ねる。デニスは首を横に振った。


「いいえ。二人ともです。二人とも・・・・発作で死にました。しかも同時刻に」


 そんなことがあるのだろうか。シュツェルツはアウリールを振り返り、答えを求めて見上げる。アウリールは深く考え込むような顔で応じた。


「たとえ同じ病を患っていたとして、二人同時に、ということはまずありえないでしょうね」


 やはりそうなのか。ならば、考えられるのは……。


「自害用に毒を隠し持っていた、ということ?」


 シュツェルツが問いかけると、デニスは曖昧な顔をした。


「まだ、はっきりとしたことは申し上げられません。とりあえず検死の結果を待たないことには」


 アウリールが一歩前に進み出る。


「シュツェルツ殿下の侍医として、わたしも検死に参加できないでしょうか。お邪魔でしたら見学するだけでも構いません」


 エリファレットが首を縦に振る。


「そのほうがいい。二人はアウリールを案内してくれ。殿下の護衛は引き続き俺が担当する。殿下のお部屋をお守りするために一人だけ回してくれ」


 暗殺者たちの死因が不明なまま、事件までもが秘密裏に処理され、うやむやになることをアウリールとエリファレットは危惧しているのだ。父としてはそれでもいいのかもしれない。だが、当事者は他ならぬシュツェルツだ。


 自分に関わること、まして人の生死が関係していることなら、なおさら知っておく義務がある。それを他人任せにするような男が未来のこの国マレを担う王太子になれるはずがない。

 シュツェルツはアウリールをしっかりと見つめた。


「アウリール、頼んだよ。あと、報告もね」


「かしこまりました」


 アウリールは若草色の目を柔らかに細めたあとで正殿へと向かうため、デニスとケヴィンに伴われ、もと来た道を戻っていった。


   *


「シュツェルツ! あなたなの!? あの小娘を陛下に近づけたのは! もし、あの小娘が身籠りでもしたらどうしてくれるの! そんなにアルトゥルを王座から遠ざけたいの!? わたくしたちに対する当てつけのつもり!?」


 今でもはっきりと思い出せる。それが、二年前に実の母から浴びせられた罵声だった。


 あの時の自分はまだ十二歳。悲しさと苦しさで胸が潰れそうだった。アウリールが「王妃陛下は勘違いなさっているだけです。殿下は何も悪くございませんよ」と言って優しく抱きしめてくれなかったら、とっくに心が砕けていたかもしれない。


 兄との面会には母の許可が必要だ。シュツェルツは渡りをつけてもらうために、居心地の悪い思いで母の部屋のある二階へ上がり、王妃付き女官の詰所を訪れた。


 若く美しい女性が好きなシュツェルツは女官の顔と名前は全て覚えていた。だが、王妃付き女官の顔ぶれは主要な者を除いて二年前とはだいぶ変わっており、シュツェルツが帰国したことを今知ったという者すらいた。


 シュツェルツの知る限り女官長は朗らかでおおらかな女性だ。それでも、楽しみである噂話もままならないほど彼女たちは緊張を強いられているらしい。

 母がそこまで噂をはじめとした女官たちのおしゃべりに神経質になっているとしたら、理由はただひとつだろう。


(そんなに兄上の容態が悪いのか……)


 不安を感じながらも交渉したシュツェルツは、この場で最も高い役職の首席私室女官に間に入ってもらえることになった。母は今、兄の看病をしているという。

 昔から、母はせりがちな兄の面倒ばかり見て、次男であるシュツェルツと過ごすことはほとんどなかった。そして、父はあの調子だ。


 六年前、侍医に抜擢されたアウリールが辛抱強く親身に接してくれなかったら、今頃自分は誰にも心を開くことのない、氷室のように冷ややかな人間になっていただろう。


 首席私室女官が母に伺いを立てている間、シュツェルツは久方ぶりに戻る自室で知らせを待つことにした。どうせ、自室も兄の部屋と同じ一階にあるのだ。

 自室の前に着くと、正殿に入る前に別れたシュツェルツ付きの近衛騎士の一人が、扉の脇にたたずみ、部屋を守っていた。敬礼で出迎えた彼にシュツェルツとエリファレットは答礼する。そのあとでエリファレットが気遣わしげに問いかけてきた。


「殿下、わたしでよろしければお話相手になりますが」


 縁あって第二王子付きの近衛騎士となってから、エリファレットは常にアウリールとともに自分を守り立ててくれる。シュツェルツはほほえみながら頷く。


「うん、知らせが来るまで暇だものね。シーラムでの話をしようよ」


 二年ぶりの自室に入る。アウリールとエリファレットとの談笑用に置かれた三脚の椅子に囲まれたティーテーブルに、右奥の天蓋付きの寝台。清掃はされているものの、国を出た時と何も変わっていなかった。


「殿下も今年で十五歳になられるのです。お部屋もこれからは来客が増えるでしょうから、もっと大きなテーブルと長椅子があったほうがよろしいかもしれませぬね」


 部屋を見回したエリファレットの台詞に、シュツェルツはつい吹き出した。


「エリファレットったら、なんだか言うことがアウリールに似てきたね」


 エリファレットは少し憮然とした顔になる。


「さようでしょうか。わたしは彼奴あやつほど口うるさくはないつもりですが……」


「自覚がないってことは、相当だね」


 ひとしきりエリファレットをからかっているうちに時間は過ぎ、母の首席私室女官が現れた。少しだけならという条件で、兄に会えるという。ということは今、兄の容態は落ち着いているのだろう。


 シュツェルツは女官に礼を言ったあとで部屋を出、エリファレットとともに兄の部屋へと向かった。兄の部屋はシュツェルツの自室からほど近い場所にある。

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