第四話 父との謁見

 玄関広間の先には中央広間がある。どちらも、ここ幻影宮の南殿にある部屋だ。中央広間に入ったシュツェルツは、父との拝謁の許可を取るために警備の近衛騎士に話を通した。


 王宮に入ってしまえば他の近衛騎士もいるので、シュツェルツ付きの近衛騎士、デニスとケヴィンら五人には先ほどの暗殺者たちを近衛騎士団長に引き渡すための手続きを頼む。

 暗殺者たちの素性や彼らに指示を出していた人物について、何か分かったら報告をよこすように、と伝えることも忘れなかった。


 アウリールとエリファレットとともに南殿の応接室で待つこと数十分。ようやく戻ってきた近衛騎士は、右の掌を前に向けながら揃えた指先を額に当てる敬礼とともに、「お会いになれます」と告げた。


 多忙なせいもあるのだろうが、父も自分とは積極的に会いたくないのではないか、とつい疑ってしまう。

 近衛騎士の案内で渡り廊下を抜け、政庁である正殿に向かう。父はそちらの執務室で自分と会うことになっていた。

 もっとも、二年ぶりの親子の対面というよりは謁見という言葉のほうが適当だし、それはシュツェルツもわきまえている。


 シュツェルツは正殿に入った。玄関広間と中央広間のある南殿、シュツェルツの部屋のある東殿とは違い、正殿は華美な装飾は目立たず、重厚で実用的な雰囲気の内装だ。前に訪れた時と、まったく変わっていない。


 長い螺旋階段を上り、中心にある国王執務室「ウィタセスの間」の前に立つ。国王執務室ともなると国教の主神の名が冠されるらしい。


「では殿下、わたしたちは控えの間でお待ちしておりますので」


 アウリールがそう言うと、エリファレットも敬礼とともに頷いた。シュツェルツは少し心細くなったが、以前も一人でこの部屋に入ったことを思い出し、勇気を振り絞ることにした。


「うん、行ってくるよ」


 アウリールはほほえんでシュツェルツを見送ってくれた。

 シュツェルツは腹と両足に力を込め、「ウィタセスの間」の扉に向け歩き出す。両開きの扉が二人の近衛騎士によって開かれた。

 シュツェルツは緊張に負けないよう、いつも以上に背筋をピンと伸ばす。


 室内に入ると、父王メルヒオーア・ルードルフが書類から目を上げ、こちらを見つめた。鋭い灰色の瞳に射抜かれ、身をすくませそうになりながらもシュツェルツは目をそらさなかった。


「今日は何用だ」


 二年ぶりに再会した父の第一声がそれだった。


(……やっぱり、父上はこういう人だよな)


 シュツェルツは胸に右手を当て、深く頭を下げる。


「お久しゅうございます、父上。今朝方、シーラムから帰国して参りましたが、ステラエ港にて暗殺者の襲撃を受けました」


 父の目がすっと細まる。


「まことか」


「はい。護衛の近衛騎士たちが六名を撃退し、二名を捕らえました。現在、近衛騎士団長に引き渡すための手続きをしている最中でございます」


「その必要はない。手続きは省き、早急に秘密警察に引き渡す」


 父の声は怒りや動揺は含んでおらず、淡々としていた。


「シュツェルツ、そちが気づいておるかは知らぬが、アルトゥルの病が篤い今、健康な予の子はそち一人だ。分かるか? そちが実質的な第一王位継承者なのだ。刺客を差し向けた者は必ず逮捕し、後顧の憂いをなくす。そちも協力せよ」


 それが父としての愛情から出た言葉ではなく、王位継承者を確保するという国王としての義務から出た言葉であることをシュツェルツは知っていた。


 元々、自分は両親が愛し合った結果生まれた子ではなく、病弱に生まれついた兄の代わりに生み出されたに過ぎない。

 臣下の間で密かに交わされていたその噂がおそらく真実であることを、シュツェルツは冷たい水が心臓に染み込むように実感していた。


 わざわざ訊かなくてもはっきりと分かる。父が自分を呼び戻したのは、死が近づいている兄の代わりに王太子に据えるためなのだ。そして、自分はそれを承知の上で帰ってきた。

 シュツェルツは意識して息を吸った。


「むろんでございます。……父上、兄上のご体調について詳しくお聞かせください」


「自分で確認せよ」


 まるで鼻先で扉を閉められるようにそう言われてしまい、シュツェルツは取りつく島もない。


(……もう、よそう。父上に期待するのは)


 父親らしいことを期待しても、自分をすり減らすだけだ。

 自分に寄り添い、慈しんでくれる人たちは他にいる。その人たちを大切にしよう。

 シュツェルツは事務的に返答した。


「かしこまりました。兄上にはのちほどお目通りいたします」


 本当は兄に会うのは怖い。兄が死なない限り、自分は王太子になれないからだ。気を抜けば、一気に罪悪感に押し潰されそうになる。

 だが、避けては通れない道だ。兄の容態を自らの目で確かめなければ。


「お忙しいところ、お時間を割いていただき、ありがとう存じました」


 シュツェルツは再びお辞儀をすると、踵を返す。父が言葉をかけてくることはなかった。


「ウィタセスの間」を出たシュツェルツは、まっすぐに隣の控えの間に向かう。ちょうど扉が開き、アウリールとエリファレットが出てくるところだった。涙が出そうになるくらいほっとしたシュツェルツは二人に駆け寄る。


「終わりましたか、殿下。お疲れ様でございました」


 そう言って優しくほほえむアウリールの胸に、シュツェルツはぽすんと肩から軽くぶつかる。


「おやおや、どうなさいました」


 アウリールが仔猫でも前にしたかのように、目線を合わせてゆっくりと頭を撫でてくれる。シュツェルツはともすれば溢れそうになる涙をぐっとこらえた。

 いつの間にか自分の頭のてっぺんが、アウリールの両目くらいの高さになっていることにシュツェルツは気づいた。もう、こういう甘え方もできなくなる。

 シュツェルツは寂しさとともに、「なんでもない」とだけ呟いた。

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