第三話 伯父エードゥアルト
王室の馬車は王都ステラエの舗装された道路を進む。港街として栄えているステラエの人通りは多く、活気に満ちている。シュツェルツは馬車に揺られながら、窓外の街並みや人々の様子が二年前と特に変わりがないことにほっとした。
やがて、馬車は街を抜け、城門をくぐり、王宮へと帰り着いた。シュツェルツはアウリールとともに馬車を降りる。ちょうど、車寄せの前から他の馬車が移動していくところだった。描かれている紋章は向かい合って立つ竜と
この国で紋章に竜を使うことが許されているのは王族だけだ。
(誰の紋章だったっけ……?)
扉が開かれたので、シュツェルツは首を傾げながらもエリファレットたちを連れ、玄関広間に入る。
両親は出迎えてくれないだろうな。諦観に似た思いを抱きながら、さっさと父に会いにいこう、と考えたその時。
高い天井の下、歴代の国王たちの彫像の前に立つ人物を見て、シュツェルツは足を止めた。驚きすぎてとっさに声が出なかったくらいだ。
「──伯父上」
「おお、おお、わたしのことを覚えていてくれたか、シュツェルツ」
父の兄、エードゥアルトは恰幅のよい身体を揺らしながら歩み寄ってきた。
思い出した。あの馬車の紋章はエードゥアルトのものだったのだ。親族とはいえ意外な人物の登場に、シュツェルツは表情の選択に迷いつつも笑顔を作る。
「はい。お会いする機会は少なくても、伯父上は父のたった一人のご兄弟ですから」
シュツェルツは会話を広げるために、伯父の情報を思い起こそうと努めた。
確か、エードゥアルトは今年で四十二歳。父とはひとつしか歳が離れていないはずだ。それはシュツェルツと兄も同じだが、自分たち兄弟が年子であるのに対し、父と伯父は母親が違う。
父は王妃の子として生まれ、エードゥアルトは側妾の子として生まれた。そういうわけで、ひとつとはいえ年上なのに、エードゥアルトは国王にはなれなかった。
そのためか、二人の仲はお世辞にもいいとは言えず、シュツェルツは今までろくに伯父と話したことがない。もっとも、仮に父と伯父の仲がよかったところで、自分と近づきになったかどうかは怪しいものだが。
「伯父上、もしかして、わざわざ出迎えてくださったのですか?」
「もちろんだとも。可愛い甥が二年ぶりに帰ってきたのだから、当然だ」
その言葉に強い違和感を覚える。
(可愛い甥……ねえ)
それならば、父母に顧みられることがなかった自分に、どうして今まで手を差し伸べてくれなかったのだ。いつだって、自分を気遣い、助けてくれたのはアウリールとエリファレットだった。
しかも、エードゥアルトは家族と接点を持たない父と違い、まともな家庭人で通っていると聞く。
王宮に住んでいるわけではないにしても、その気になれば、尋ねてくるとか手紙や贈り物をよこすとか、いくらでも自分に好意を示すことはできたはずだ。
それが、今になってなぜ……。
不信感を表に出さないように気をつけながら、シュツェルツは会話を切り上げるべきだと思い直した。
「それはありがとう存じます。ですが、あいにく僕は国王陛下にご報告がございますので、失礼させていただきます」
「それなら、わたしが代わりにご報告申し上げておこう。国王陛下は日々お忙しいからな。子どもが煩わせるものではない。それに、シュツェルツは長旅で疲れているのではないか?」
畳みかけるようにそう言われ、シュツェルツは思わず言葉に詰まった。そんなシュツェルツの隣にうしろから並び立った者がいる。アウリールだ。彼はまったく臆さずにエードゥアルトに話しかけた。
「ご無礼を承知で申し上げます、エードゥアルト殿下。先ほど、シュツェルツ殿下はステラエ港で暗殺者に襲撃されました。殿下は是非とも、ご自分の目でご覧になったことを御自ら国王陛下にご報告申し上げたいと思し召しです。お気遣い、誠に痛み入りますが、この度はシュツェルツ殿下のご意思をご尊重くださいますよう」
立て板に水、とはこのような弁舌を指すのだろう。柔らかでいてきっぱりとしたアウリールの言葉の数々に、エードゥアルトは怯んだようだった。
「……そ、そうか。それは災難であったな。で、暗殺者は捕らえたのか?」
「内二名を拘束しております」
今度はエリファレットが答えた。
「そうか。差し向けたのが誰であるか分かるとよいな。シュツェルツ、引き止めてすまなかった」
エードゥアルトはいそいそと立ち去った。
「ありがとう。助かったよ、アウリール」
思わず表情が緩む。シュツェルツはアウリールを見上げ、心から言った。アウリールも目を細める。
「どういたしまして。殿下がお困りのようでしたから」
「うん。僕もあれくらい目上の相手にも淀みなくしゃべって、交渉できるようにならなくちゃね」
「殿下は女性相手なら言い淀むこともないのですがねえ」
「アウリール、尊敬語を使え」
すかさずエリファレットが突っ込みを入れる。アウリールがおどけたように目を丸くした。
「心外だな。俺はいつだって殿下に敬意を払っているよ」
「そう思えない時がたまにあるぞ」
マレ王国に帰ってきても変わらない二人の掛け合いにシュツェルツはくすくす笑った。そのあとで、二人の意見を訊いてみる。
「伯父上はどうして、わざわざ僕を出迎えにいらっしゃったんだろう」
「今のうちに、殿下に媚びを売っておきたいと思われたとか」
「おいおい、敬語を使えばよいというものでもないだろう。ここは王宮だぞ」
再びエリファレットの突っ込みを受けても、アウリールは涼しい顔をしている。
代々騎士の家系に生まれたエリファレットと違い、アウリールは相手が王侯貴族だからといって無条件に敬意を捧げたりしない。そんな彼が自分に仕えてくれていることが、シュツェルツは嬉しいし、少し不思議にも思う。
それはともかく、伯父はシュツェルツが呼び戻された理由に感づいていて、今更のようにすり寄ってきたということだろうか。
(でも、何かが引っかかる……)
考えようとしてもうまく思考の断片を結びつけられず、シュツェルツはいったんその作業を中断することにした。それよりも、今は暗殺未遂に遭ったことを父に報告しなくては。
シュツェルツはアウリールとエリファレットに声をかけ、歩き出した。
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