第二話 背後には誰がいる?
自失から立ち直ったエリファレットが暗殺者の一人から短剣を奪い、両腕を押さえつける。
「武器を奪って捕らえろ!」
近衛騎士たちは慌てて言われた通りにした。縄で縛られた暗殺者たちは起立させられる。エリファレットが自ら捕縛した暗殺者を部下に引き渡し、シュツェルツに向き直る。
「殿下、ご報告いたします。八名の刺客のうち、六名を撃退、二名を捕縛いたしました」
シュツェルツは笑みを浮かべ、エリファレットと近衛騎士たちに心からの感謝を述べた。
「ありがとう、エリファレット。それに、デニスたちみんなもよくやってくれたね。おかげで命拾いしたよ」
エリファレットと部下たちは照れたように笑う。
近衛騎士のうち三人は、最近シュツェルツの護衛に加わった者たちではあるものの、帰国するまでの間にだいぶ打ち解けた。特に留学する際、ともに隣国に渡ったエリファレットの部下、デニスとケヴィンとは異国の地で苦楽をともにした仲だ。
「彼らのことはどうするの?」
シュツェルツが暗殺者たちを視線で指し示すと、エリファレットは鮮やかな青い瞳に厳しい光を浮かべた。
「近衛騎士団長の前に引っ立てます。この先も
「そうだね。君たち近衛騎士を僕から引き離すのが目的かもしれないしね」
「でしたら、少々お待ちを」
アウリールが、いつの間にかこちらを取り囲んでいた人波に向け歩き出す。その先には、街を巡回している最中に騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきたらしい兵士たちがいる。アウリールは彼らに話をつけ始めた。
しばらくすると、アウリールは兵士たちを連れ、こちらに戻ってきた。
「引き受けていただけるそうです。わたしたちは予定通り王宮に向かいましょう」
シュツェルツは頷いた。近衛騎士たちが二人の暗殺者を兵士たちに引き渡す。
エリファレットら近衛騎士たちは警衛のために外を騎乗して進む。馬を見ていると、王宮に残してきた寂しがりやの愛馬のことを思い出す。
鼻を擦り寄せてくる時の彼女の姿が瞼の裏に浮かび、シュツェルツはようやく一息つけた。馬車に乗り込み、アウリールと向かい合って座る。
「暗殺されそうになるのも三度目か……」
アウリールと二人きりになったからか、不意にそんな言葉が口をついて出た。今更ながら恐怖が背筋を這い上ってくる。
一度目は二年前に。二度目はわずか四か月前。その度にエリファレットが守ってくれた。一度目の時はアウリールが身を挺して庇ってくれた。二人がいなかったら、自分はとうに死んでいただろう。
「今回もご無事でようございました」
知らずうつむいていたシュツェルツは、アウリールの優しい声音にはっと顔を上げる。彼は細い眉を下げてほほえんでいた。
「殿下、これからもわたしとエリファレットをご存分に頼ってください。あなたがご壮健でおいでになることこそ、わたしたちの一番の望みですから」
アウリールは心からそう言ってくれている。六年前から、彼はひとりぼっちだった自分にずっと寄り添ってくれた。胸が熱く震え、シュツェルツは掠れた声で応えた。
「うん……ありがとう」
不意にアウリールの若草色の双眸を直視するのが照れくさくなり、シュツェルツは窓の外を眺めながら話題を変えた。
「……ねえ、今回の刺客を差し向けたのも王太子派かな」
「正確には、その残党といったところでしょうね」
シュツェルツが隣国シーラムに留学することになったのは、二年前の暗殺未遂事件が原因だ。
王太子である兄ではなく第二王子のシュツェルツを次期王位に、という廷臣たちの声が大きくなった結果、兄に心を寄せる派閥が危機感を抱き、暗殺者を差し向けたのだと言われている。
なぜ、シュツェルツが担がれるようになったのかというと、兄が生まれつき病弱で、この先も快癒する見込みが薄い、と侍医が診断したかららしい。
暗殺未遂事件が起こると、父の行動は素早かった。すぐさま亡き王太后の祖国であるシーラムに使者を送り、シュツェルツの留学先を決めてしまった。外国ならば王太子派もうかつに手出しできないと考えたからだろう。
だが、四か月前、シュツェルツはまたもや暗殺未遂に遭った。ちょうどその頃、シーラムでは次期王位継承権を巡って北の国との間でいざこざが起きていた。
王太子派はシュツェルツを抹殺するために北の国と結託し、お互いにとっての邪魔者を消そうとしたのだ。
もちろん暗殺者たちは失敗し、捕らえられた。父はシーラムから送られてきた暗殺者たちの身柄を利用して、王太子派を弱体化させることに成功したようだ。
そして、シュツェルツは父に呼び戻された。おそらくは、兄の病状が芳しくないから、という深刻な問題も重なったのだろう。
既に虫の息である王太子派が、また自分を狙ったということだろうか。確かに辻褄は合う。でも……。
「……残党か。僕を殺して、どうするんだろうね」
仮に成功しても、兄の病状が回復不能なほど悪化したらどうするつもりなのだろう。王子は二人しかいないのに。
その考えは、たとえアウリールの前であっても口に出すのははばかられた。
アウリールは腕を組み、うーん、と唸る。
「そうなのですよねえ……」
彼もシュツェルツと同じ矛盾を感じているらしい。頭の切れるアウリールが悩む姿がおかしくて、シュツェルツは笑った。
「まあ、黒幕はいずれ突き止めるにしても、まずは父上にこの事件をご報告しないとね」
「仕方ございませんね。国王陛下は秘密警察を動かせますし、ご報告申し上げて損はないでしょう」
やっぱり、アウリールは自分と父をできるだけ会わせたくないのだ。シュツェルツは素直に嬉しかった。
(だけど、アウリールの好意に甘えてばかりもいられない)
自分は確固たる目的を持って帰国したのだから。
──そう、兄に代わって王太子になるために。
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