2章 州都ルルマー

第6話 ルルマー

 尻が痛い。割れそうなくらいに痛い。誰かに蹴られたわけではない。俺はカチコチに凝り固まった腰と、痛む尻をさすり、痛みを緩和しようと試みていた。早く、ルルマーに着かないものだろうか。馬車という乗り物は、物凄く乗り心地が悪い。ボロボロの軽自動車でもここまで最悪ではないと俺は思う。木製の座席に、鉄の車輪。衝撃吸収する様な機構もない。おかげで身体がバキバキに固まっている。馬車の広さは、そこそこだ。二人がけの座席が十席ほどある。周りを見渡すと五人の乗客が、思い思いの姿勢で座っている。


 街道を進んでいるが、モンスターは現れていない。安全なルートという感じだ。街道にはある程度のモンスターであれば寄せ付けない、退魔の術式が施されていると聞いたことがある。その効果なのかもしれない。


「ヒャッハーッッ!! 馬車を止めろっっ!!」


 急に聞こえた叫び声。馬車が急停止したせいで、俺は前の席に頭をぶつけていた。若干苛つきながら馬車の外を覗くと、典型的な盗賊団といった感じの集団に囲まれている。実際に遭遇すると、嬉しいと感じてしまうのもおかしな話だが。小説や漫画でしか見たことがないのだから、仕方がないかもしれない。停車した馬車から、俺たちは降ろされていく。


「金目の物を出せ! 命が惜しけりゃ、大人しくしろ!」


 リーダーと思われる男が叫んでいる。他に、手下を入れて、ざっと二十人くらいだろうか。この街道で盗賊団が出たという話を、俺は聞いたことがない。あることが俺の頭をよぎる。


 ――これはもしかしたら、冒険者ギルドの試験ではないか。


 危険に立ち向かう勇気を見定める試験。実家の定食屋に訪れていた、冒険者が話していた気もする。良く観察すると、乗客も不自然だ。ローブに身をつつんだ筋肉質な老人が三人。手元に紙を持ち、何かを書いている。残りの二人は、やや歳上に見える男女。旅行に向かうような会話を、俺は聞いていた。この二人を除外するとして、三人の老人は試験官と考えてもいいかもしれない。見た目は子供だが頭脳は大人な俺は、経験を活かした推察をする。


「誰が従うかっ! 俺がお前らを倒すんだからな。大人しくするのは、お前らだ!」


 目の前にいる盗賊団の手下に俺は不意打ちを食らわすことにした。足元に力を込め、大地を蹴る。速度を得た拳を、盗賊の手下の水月に叩きこむ。目の前で崩れ落ちる手下。


 さあ試験官よ、合格の一言を俺に言い渡してくれないか。俺が振り向くと、馬車と乗客がいない。盗賊団か俺に注目している間に逃げ出している。


「あれ……?」


 おかしい。あの三人は、試験官ではなかったのか。足元に落ちていた用紙を見て、俺は唖然とした。『ボディビルディング大会 出場者申込み用紙』だと……。俺は思わず、ふざけるなと叫び声をあげたかった。


「おいおい、ガキ一人で何ができるんだ?」

「ヒャッハー、殺すか?!」

「謝ってもおせぇからなっ!!」

「一人で何をいきがってんだ! ははは!」


 いつの間にか、俺は盗賊団に囲まれていた。手には短剣。殺意は十分に感じる。ゲームの世界であれば、HPが存在する。ここは、現実。HPなどはなく、致命傷を受ければ死があるのかもしれない。蘇生魔法が存在するかもしれないが、それを使える仲間など今のところ俺にはいない。


 人数が少ない隙間を見つけ、俺は走り出した。移動に合わせて跳躍する。手下の頭を両手でつかみ、顔面に膝を叩き込む。着地の際に、俺を捕まえようと伸ばしてきた別の手下の腕を取り投げる。頭から地面に叩きつけられる直前で、俺は手下の頭部を蹴り飛ばす。


 振り回される短剣をぎりぎりでかわし、腕を掴んで関節を折る。容赦はいらない。恥をかかせた報いをあたえなければ、俺の腹の虫が収まらない。盗賊団に人権もへったくりも無い。怒りを鎮めるため、俺は手下共をなぎ倒していった。多勢に無勢とは言うが、特に疲れも感じることなく、俺は手下を倒しきった。残すは一人。リーダーの面子なのだろう。逃げることなく、最後まで残っているのは称賛に値する。


「てめぇ……よくもやりやがったな!!」

「襲って来たのはお前らだろ?」


 会話も終わらぬうちに、盗賊団リーダーが俺めがけて突っ込んできた。短剣の軌道を見定め、俺はサイドステップでかわす。かわしながら、俺は手首めがけて蹴りを放つ。手から離れた短剣は宙に舞い、回転しながら落下した。


 慌てて短剣を拾いあげようと、背を向けた盗賊団リーダーを俺は掴みに行く。腹部あたりに背後から腕を回し前面で手を握り固め、俺は一気に後方に重心をシフトする。ジャーマンスープレックス。異世界でプロレスするのも、俺は悪くは無いと思った。


「鍛えた成果だな」


 俺は倒れた盗賊団を見下ろし、一息ついていた。頭の中で、声が響く。


『捕食……しますか?』


 いや、流石に人間を食べる気はしないんだが。何を言い出すのかと思ったが、良く聞くと違っていた。


『捕食を進化しますか?』


 盗賊団を倒したことで経験値が貯まったのだろう。俺は、迷わず進化させた。捕食の上位互換。相手を捕食せず、経験値やスキルだけを吸収できる様だ。ゲームには存在しなかった技能スキルもあるのか。俺は少し驚いた。


『捕食が、魂の捕食者ソウルイーターに進化しました』 


 頭の中で声が響く。俺は試しに、倒れている盗賊団から経験値を奪うことにした。こいつらがレベル1に戻るのかもしれないが、知ったことではない。


『経験値4,000,000を取得しました』


 ん……? 桁が違くないか……。二十人いて……。いや、レベル20と考えれば、妥当なのかもしれない。レベル20になるのであれば、200,000位の経験値は必要なはずだ。それにしても、かなり特をしたと思う。


 このあとルルマーまでどうするか、俺は答えが見つからないままであった。


◇◇◇◇◇◇



名前:レオン・トラジール

職業:無職

レベル:1

ステータス:体力 C(45/100)

      筋力 B(56/100)

      敏捷 C(40/100)

      魔力 D(31/100)

      精神 D(31/100)


技能スキル 

魂の捕食者ソウルイーター、打撃耐性(E)、毒耐性(E)、 急所攻撃耐性(D)

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