第2話 女神

「ちっ! 人の話は聞いておきなさいよ……」


 目の前にいた女神は、冷静になると舌打ちをしながら悪態をつき、俺を睨んでいる。仮にも女神と呼ばれる者が、ここまで品位のない態度をとるものなのだろうか。


「なあ? 態度が酷くないか?」

「はあ? 貴方のせいでしょうが! 言ったわよね、教会に行けと! 教会での洗礼が私との契約なのよ? 契約のない被召喚者は、私の加護を受けられないのよ!」

「そこを何とかできたりするんじゃないのか?」


 叫び声をあげて喚いてはいるが、何かを隠しているような気がする。俺の、勘だが。一瞬、女神の眉がピクリと動くのが見えた。何かを思い出したような様子だ。


「何とかならない訳もないわね……。あまり、おすすめできないんだけど……」

「どうせ生き返れないなら、それを試すしかないんだろ? 教えてくれ」


 この世界に召喚された魂、精神とでもいうのか。これは、現地で肉体を得たあと教会で洗礼を受けることで女神の加護を受けられるらしい。加護があれば、寿命にならない限り復活ができる。加護がない俺は、復活できないというわけだ。文字通り、死んだんだなと改めて理解する。


「分かったわ……。どうせもう勇者の召喚はできないし……」

「え?」

「召喚者は一人しか受け入れられないの……魔王が倒されるまで……」

「なんかすまない……」


 俺は気まずさのあまり、声が出せずにいた。とりあえず、女神がおすすめしない手段に挑戦するしかないな。


「とりあえず、この世界の住人として生まれてもらうわ。成長するまで、十数年の時間が必要なのが面無駄よね」

「無駄って言うか?」

「その間、魔王に苦しめられる人がいるのよ? 何とも思わない?」

「いや……まぁ……」

「他にも闘う者を育てるように、お告げを出さなきゃだし。魔王をしばらく封印しなきゃだし」


 最後の一言が、すごくひっかかるんだが。封印できるなら、俺を呼ばなくてもいいんじゃないだろうか。


「なぁ?」

「あ、言わないで! 封印するには、私ごと封印するわけ。私がいなければ、世界も狂うだろうし……。それに、地上で美味しいものが食べられなくなるなんてあんまりよね?」


 聞いていて呆れてしまう。なんだか、このまま消えてもいいかもしれない。


「とりあえず、何がいいかしら? 特別に、選ばせてあげるわよ!」


 女神がそういうとホログラムの様な映像が、俺の目の前に現れた。この世界の種族を選べる様だ。人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、竜人族がいるようだ。ゼオンタクティクスのゲームと、お馴染みの種族だ。


 俺は迷わず人族を選ぶ。慣れ親しんだ種族というか、ゼオンタクティクスの世界と同じであるなら、人族は意外と使い勝手が良いはずだ。


「人族にする」

「分かったわ! 見た目はこんな感じ?」


 ゲームのキャラメイキングの様で、笑ってはいけないとは思っても、笑いがこみ上げてくる。俺はこの状況を、楽しんでいるのかも知れない。


 髪型を今と同じにする。アップバングのツーブロックスショート。銀髪碧眼、鼻筋の通った二重。身長は、180cmと高めにする。俺が理想とする、容姿と筋肉。


「後は、女神の加護ね」

「加護?」

「特殊能力とでも言うのかしら? 『勇者』も加護の一つよ!」

「ならば……」


 ゼオンタクティクスと似た世界ならば、裏技が一つあったと俺は考えた。あのゲームでは、『二つ名』を自分自身で考え付けることができた。その二つ名で、ステータス補正や特殊能力が付くシステム。『剛腕』であれば攻撃力に補正が入り、『瞬足』であればスピードに補正が入った記憶がある。


 言葉は一つの意味までしか選べない。『剛腕瞬足』ではどちらかの補正しか入らなかった。ここまで全てが同じかは分からないが、俺はリスクを承知で試すことにした。


「加護は、『レベル1カンスト』……これでどうだ?」

「あら、いいじゃない! 流石、見込んでいただけのことはあるわね!」

「見込んでたのか? 嘘を言うな!」

「ふふふ……。一応、これでも女神よ」


 俺は、どこまでが本当なんだか分からなくなってきた。この女神と話していると、調子が狂う。そして、また、目の前が混濁していく。


「次に会うときは、いつかしら……」


 女神の言葉が薄れていく。そして、俺の意識も薄れていく。



◇◇◇◇◇◇◇


「よし! スライムを倒したぞ!」


 俺は街近くの草原で、スライムを倒していた。倒すと手に入る経験値。この世界にも、存在している様だ。頭の中で、声が響く。


『経験値5を取得しました』


 俺の選んだ二つ名、ではなく加護だったか。

――『レベル1カンスト』


 レベル1から、レベルが上がらない。変わりに、経験値を貯めて、ステータスや技能スキルを取得する風変わりな加護だ。レベル制限のある武器や防具が装備できないデメリットもあるが、育成仕切れば最強ではないかと、コアなファンには割と支持されている。


 俺は、二回目の冒険に出る支度を淡々と進めていた。

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