第54話 霧の中の記憶

会社員時代の話


その当時、一軒の現場が終わると、ご褒美休暇を二週間貰えていた。

休暇明けて数日、次の現場は決まっておらず、事務所で残務整理をしていたと思う。

直属の上司では無いが、気にかけてくれる引退間近の大先輩Kさんからお願いされた。

こっそり近づいてきて耳打ちされた。

「今暇なんだろ?一つお願いがあるんだよ、私のね昔建てたマンションが全面リフォームやっているんだけど、監督が誰もいなくて、私も常駐は出来ないから、君代わりに行ってくれないかね」

とお願いされた。

当時の私は、社長直属の案件をメインとしていた為に、

「社長に許可を取ってください、勝手には動けませんので」と告げた。

手回し世渡りのうまいKさんだから、

「既に社長の了解は得ているから」

ほれと一筆書かれた証明を見せてくれた。

「とりあえず社長のとこに行くか」

と連れ立って社長室へ

社長が言うに「次決まるまで暇だろう、事務所にいると周りの目もあるし、現場の方が楽だろうから、しばらく通ってよ」と笑顔で言われた。

「朝出勤して、職人の出面だけ会社に報告したらさ、あとは夕方、鍵を閉めるまで好きにしてていいからさ、本持ち込んで読んでてもいいから、昼やらで出掛ける以外は、開放している部屋に居てくれよ、電話引いてあるから電話来ることもあるからさ」


当時はやっとポケベルを持たされたくらいで、基本事務所の電話か公衆電話がメインだった時代。

何してても良いって言うから、文庫数冊持って、ゼンリンのマップと住所片手に電車で向かった。

駅からは少し遠く、地理もまだ把握していなかった頃だったから、現地到着まで結構掛かった気がする。

職人と顔合わせすると、八割程は顔見知りの業者さんだったので一安心。

割り振られた事務所を教えてもらい、早速会社へ報告を済ませてソファーで読書タイム。

当時は必ずリースで、冷蔵庫とコーヒーメーカーが置いてあったので、コーヒー飲みながらまったり。


ここでの常駐は、大変楽だった。

昼寝していても文句言われないし、電話は来ない、用事のある時は、事前にポケベルで呼ばれるから。


直電に来ない辺り変だと思わなかったんだよね、電話は普通のだし、それも後々わかる。


数日後の朝、いつも通り会社へ出面の報告をすると、一番若い入社したての女性事務員から変な事を言われた。

「いつもありがとうございます、一つ良いですか?毎回そちらからの電話なんですけど、おかしくないですか?」

朝から何よ?と思うけど先を促した

「実は、朝の報告を受けるときに、電話の後ろから女性の声がするんですよ、暇だからって女性を連れ込んでませんよね、信頼しているんですから、そんなこと止めてくださいね」と怒り気味だった。

身に覚え無いんだが、そんな事はしていないからと宥め、仕事を回してきたKさんへ電話を取り次いで貰う。

「おはようございます、Kさんここ何かありますよね、正直に教えてくださいよ」

「あれ、もうバレたのか、何が出たんだい」

電話の前で満面の笑みなのだろうなと思いつつ

「事務員の子が言うに、電話の後ろで女の声がするそうですよ、それで事務所に連れ込むなって怒られましたよ」

電話の向こうで大笑いしているKさん

「悪い悪い、そうかそうか、君なら大丈夫かと思ったんだがね、なんせあの三角の家(*1)に耐えて、例の老人ホーム(*2)の怪異を見ても後半まで勤め上げたからね」

「変な所に送り込まないで下さいよ、この手の案件はいつも自分じゃないですか」(*3)

「まあまあ、朝の報告と帰りの戸締まりだけなんだから、そう言いなさんな。改修工事終わるまで行っててくれな」

と半ば強引に押し切られた。

読書も飽きがくるので、改修工事をしている箇所を見に行く、進行の写真でも撮るつもりでカメラ片手に向かった。

玄関ホールにて、左官工事の職人が壁を塗っていた。

ひと声かけて撮影するも、シャッターが下りない。

あれあれ?と思っていると、振り返った職人が言うに。

「ここの建物は写真が撮れないよ、だから会社も何も言わないだろ」と

【撮らない】では無く【撮れない】訳だ、土地か建物に何かしらあったんだと思う。


三ヶ月程通い、足場も取れ無事終了した。

使用していた部屋も、クリーニングをお願いして、最後に全箇所確認し報告書を作成して、あとは提出するだけになる。


だがね、これ以降の事柄が、私の記憶には無いのだよ、それこそ細かい詳細まで、何年も前の事も記憶しているし、断片的にも記憶してあればそこから繋がるのだけどね。

それと、当時は会社の寮に住んでいた、会社の裏側にあり事務所と非常扉一枚隔てた場所だった。

そこから現場に通っていたが、最寄り駅は解るんだが、肝心の物件の場所が思い出せない。

三ヶ月も通ったし、近くの商店街にも行っているのだから、忘れる訳無いのに。

読書タイムのときに、その地域のマップを購入して見ていた、林檎の絵が書かれたあの地図だ、その時も確認しているのだけど、記憶に霧がかっている。

Google Mapが使えだした頃にも、記憶だよりに探したが、そんな建物何処にも無かったよ。

確認しようにも、社長も上司Kさんも鬼籍なのだから、これ以上のソースは出てこない。


以上

霧の中の記憶でした


約30年程前の話ですが、場所等は話せませんので悪しからず。


(*1)ある設計しの忌録にコミカライズ済の家の事

(*2)有名な某所心霊スポットの敷地内に造られた老人ホームの工事に行かされた、公共の仕事で地元業者から数名づつ呼び出された試された場所

詳細等はオフレコでしか出せません

(*3)これも未だコミカライズしていない話だけど、イベント等ではポロリしている地下街の話




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