さなぎ
――まただ! この作品もだ!
いらだちを抑えられなかったぼくは、その不満を作品の感想欄へと書き込んだ。
小説投稿サイトで作品を読み漁るぼくは、最近同じようないらだちをおぼえることが多い。
ぼくがいらだちを感じるのは、登場人物の行動や考えにブレを感じた時だ。
敵役が仲間になる展開が腹立たしい。
――悪人は悪人のままでいろ!
仲間が恐怖に折れる展開がムカつく。
――お前の正義はどこに行った!
素人作者どもがもっともらしく理由を付けてはいるのだが、それはどれも薄っぺらく、納得など出来るようなものではなかった。
キャラがブレるということが、物語で最もやってはいけないこと。
彼ら凡才には、それがわかっていないのだ。
特に許せないのが、主人公のブレだ……以前はそうでもなかったのに、最近は見るに耐えない。
作者のレベルがどんどん下がってしまっている。
――あの作品もそうだ!
大好きだった、あの物語……だけど、四章に入って嫌いになった。――主人公がブレたのだ。
彼がそんなことをするはずない!
そんな考えに至るはずがない!
作者であろうともぼくの好きだった彼を、あのように汚すことが許されるのか!
そんな怒りにぼくはいつも更新を楽しみにしていた作品を捨てて、新しい作品を探し求める。
だけどどの作品も結局は、ぼくに同じ苦痛を感じさせるのだ。
主人公が修行を始める……それが苦痛だ。
ぼくは努力をカッコ悪いとか、そんな風には思わないし、決して努力を否定したりはしない。
だけど、彼は変わろうとしている。
この先、彼はブレるだろう。
なぜ今のままで、成し遂げようとしないのか?
今のままでも、彼は十分やれるのではないか?
――ぼくは、そう思う。
主人公が敗北した……それが苦痛だ。
ぼくは完璧主義者なんかじゃないし、時には負けることがあることも理解している。
だけど敗北したことで、彼もまた変わらなければならない。――彼もまた、ブレるだろう。
どうして作者はそんな展開を、安易に選んでしまったのか。
ハーレム物……こんな作品の何が面白いのかと思う一方で、ぼくはこれが嫌いじゃなかった。
操り人形のように主人公を褒め称える少女たち。
それがリアルだなんて、決してぼくは思わない。
だけど彼女たちの言葉は、不思議とぼくの苦痛を和らげた。
彼女たちは何も変わらない主人公を認め、愛してくれる。
そんな彼女たちの言葉が、いらだち、苦痛を感じているぼくにとっての癒しだった。
――ぼくは気づいた。
そうだ! これを探していたんだ!
このぼくの中に渦巻く、何かわからない何か。
その何かがもたらすこの苦痛を、この苦痛を和らげてくれるものを、ずっとぼくは探していた。
この苦痛は、いったい何なのだろうか?
何かを掴もうと手を伸ばせば胸が痛み、この手を胸元へと引き戻す。
どこかへ駆け出そうと足を伸ばせば、震えが……寒さが、この膝を抱えさせる。
この連休が終われば新しい土地で、新しい生活がぼくを待っている。
異世界物の主人公のように、振り返らず自分を変えず、ぼくは生きていくことが出来るだろうか?
――ああ、また胸が痛む! 震えが走る!
この苦痛を、どうか今だけは忘れさせてくれ!
そんな作品を探しては、ひたすらぼくはスマホの中のたくさんの物語をつまみ見る。
「さなぎ」
この時、布団にくるまって体を縮こませスマホをいじくるぼくの姿は、さながら丸まったさなぎのように見えただろう。
――羽化の季節は、もうそこまでやって来ている。
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