ある天使の物語
太古の森に、空から天使が降りたった。
そのころ森には虫しか住んで居なくて、鳥や動物たちはとても小さな木の実の形で、地面に転がっていたのだ。
――それが、命の種である。
ある時、命の種の一つが転がって、池に落ちてしまった。
その種は、虫のように空を飛びたいと願っていた。
池に落ちるその音……天使には、それが「空を飛びたい」という願いの声として聞こえていた。
池に落ちて水面に浮かぶ命の種に、天使は声をかける。
「私の翼を、あなたにあげます。」
すると、命の種は姿を変えて鳥になった。
鳥は喜んで、天使にお礼を言って、空へと飛び立っていったのだ。
また一つ、命の種が池に落ちた。
その種は、虫のように地を歩きたいと願っていた。
池に落ちるその音……天使には、それが「地を歩きたい」という願いの声として聞こえていた。
池に落ちて水面に浮かぶ命の種に、天使は声をかける。
「私の手足を、あなたにあげます。」
すると、命の種は姿を変えて、四本の足を持つ動物になった。
動物は喜んで、天使にお礼を言って、大地を走り去っていったのだ。
その翼も手足も与えてしまった天使は、飛ぶことも歩くこともできなくなった。
「――天使よ、帰っておいで。」
神様は、そうおっしゃる。
しかし、天使は地を這うことしかできなくて、天に帰ることはできなかった。
そのうちに、天使は白ヘビへと姿を変える。
白ヘビの姿になった天使は地を這って、地面に転がる命の種を食べていた。
すると、白ヘビはどんどん大きくなり、白い大蛇となってゆく。
そして大蛇のおなかから、鳥や動物がたくさん生まれてきたのだ。
しばらくして、森には鳥や動物がたくさん暮らすようになってゆく。
そして大蛇は、命の種を全て食べ終える。
すると森は、鳥も、動物も、虫たちも、豊かに暮らす世界へと変わったのだ。
天使が姿を変えた白い大蛇は、その後ひっそりと岩陰に住んで暮らしていた。
「――天使よ、帰っておいで。」
神様は、そうおっしゃる。
しかし、大蛇は地を這うことしかできなくて、天に帰ることはできなかった。
鳥たちは、天使に感謝していた。
だから、大蛇のもとにやってきて伝える。
「天使様、私たちは今、空に暮らせて幸せです。だから天使様に感謝しています。」
「それは良かった。」
「でも、そのせいで天使様は翼を無くしてしまいこんな岩陰に……」
「あなたたちのせいではありません。」
「私たちは天使様のように翼をあげられないし、大蛇になった天使様を運ぶこともできません。」
「気にしなくて大丈夫ですよ。」
大蛇はそう言うが、鳥たちは少しでも恩返しがしたい。
だから、その美しい歌声で、青い空や夕焼けの話を大蛇に聴かせるのだった。
――良かった。姿も心も美しい命になった。
鳥たちの歌声を聴きながら、大蛇はそう思い喜ぶのだ。
動物たちは、天使に感謝していた。
だから、大蛇のもとにやってきて伝える。
「天使様、私たちは今、大地に暮らせて幸せです。だから天使様に感謝しています。」
「それは良かった。」
「でも、そのせいで天使様は手足を無くして、こんな岩陰に……」
「あなたたちのせいではありません。」
「私たちは天使様のように手足をあげられないし、大蛇になった天使様を運ぶこともできません。」
「気にしなくて大丈夫ですよ。」
大蛇はそう言うが、動物たちは少しでも恩返しがしたい。
だから、その手足で、草や土、木の実や花を持ってきて大蛇に贈るのだった。
――良かった。姿も心も優しい命になった。
動物たちの贈り物を眺めながら、大蛇はそう思い喜ぶのだ。
そんな日々が続いて、だんだんと大蛇の白い体に色がつき始めた。
それは青い空の色であり、それは夕焼けの色。
草の色で、土の色で、様々な木の実の色、様々な花の色……
そして白かった大蛇の体は、美しい虹色へと変わっていったのだ。
大蛇は、自分の体が軽くなるのを覚えた。
「――天使よ、帰っておいで。」
神様は、そうおっしゃる。
虹色になった今の大蛇には、虹になって空を飛ぶことができた。
だから大蛇になった天使は、神様のおっしゃる通りに天に帰ることにしたのだ。
「みんな、ありがとう。」
天使はそう言って、天へと帰ってゆく。
そのことを、鳥たちも動物たちも喜んだ。
見上げる空には美しい虹が架かり、それが天使が天へと帰ったそのしるしだと喜んだ。
そして、鳥たちも動物たちも、その虹を嬉しそうに眺め続けるのだった。
それから……
天使は時折、天から森へと降りたった。
天使は鳥たちや動物たちが恋しくなって、会いにとやって来たのだった。
虹色の大蛇になった天使が森へと降りるとき、その通り道は輝いて、逆さまの虹が空に架かる。
それを見て、鳥たちも動物たちも喜んだ。
見上げる空には美しい逆さまの虹が架かり、それが天使が森へ降りてきたしるしだと喜んだのだ。
そして、鳥たちも動物たちも、その虹を見て大蛇へと会いにいくのだった。
――逆さ虹の森。
今はそう呼ばれる森の、昔々の物語。
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